甘党カップル




「カナデ、準備できたよ」


 広いテーブルには、今出来上がったばかりの料理が湯気を立てて並べられている。
 ピアノの前に座っていたカナデは、サツキの声に応じてテーブルに着いた。


「へえ。今日は和食か」

「うん。今日はちょうど、お魚が安かったの」


 そうして静かに始まる夕食。
 カナデはピアニストという繊細な職がらのくせに、私生活はあまりにもいい加減だ。
 部屋は散らかっているし、食事はラーメンしか食べない。


 そんなわけで、放っておくと何をするか分からない彼を見兼ねて、サツキが身の回りの世話を始めたのだ。
 こうして、仕事帰りにカナデの家に寄って夕食を作るのも、もう日課となっていた。


「どう? おいしい?」

「あ・・・ああ。うまい」


 少しだけ顔を赤らめてそんなことを言うので、サツキも同じように妙に照れてしまった。
 長いこと片思い同士だったのだが、つい最近想いが通じ合った。
 それからまだ日が経っていないので、まだまだもどかしい沈黙が訪れることもある。


 だが、それも嬉しいと感じられるのだから、きっと今は幸せなのだと思う。
 サツキは、自分の作ったご飯が、カナデの胃の中に納まっていく様を満足しながら眺めていた。


「な・・・何だよ。じっと見て」

「え? あ、ううん。何でもないよ」


 見惚れていたなんて、恥ずかしくて言えるはずもない。
 慌ててサツキは自分の食事に集中した。


「ごちそうさま」


 しばらく穏やかな夕食が続き、満腹になったカナデが食後のお茶に手を伸ばした。


「お粗末さまでした」


 二人だけの夕食は、今までにない喜びをもたらす。
 まるで夢みたい、とふとした瞬間に思ってしまう。


 しかし、目の前で笑いかけてくれるカナデを見るたびに、これは現実なのだと思えて、またそこで嬉しくなった。
 食器を片づけてリビングに戻ると、カナデはまだテーブルにいた。


「カナデ、仕事は良いの?」

「ああ。とりあえず、今日はもうおしまいだ。それよりも」


 こっちへ来い、とばかりに、カナデは手招きをした。
 それに素直に従って彼の隣に立つと、長い指がサツキの腕を掴んだ。
 かと思うと、そのまま腕を引っ張られた。


「きゃっ!」


 きたるべき衝撃を覚悟していたが、それはなかった。
 代わりに温かいぬくもりが全身を包み込む。


「も、もう、急に・・・!」

「お前が無防備すぎるんだ」

「カナデ相手に無防備になるのは、しょうがないじゃない」


 口をとがらせて反論すると、びっくりしたようにカナデが目を見開いた。


「お前・・・」

「何?」

「いや、何でもない」


 カナデは咳払いをしてから、改めてサツキを抱く腕に力を込めた。


「それよりも、まだ、デザートを食べていないと思ってな」

「デザート? ごめん、今日は甘いものないよ?」

「いや、あるだろ。目の前に」

「え?」


 意地悪そうに笑うカナデの視線は、まっすぐサツキに向けられている。
 それで、彼の言いたいことは分かった。


「わ・・・私!?」

「他に何があるんだよ」


 そう言って、カナデは素早くサツキに口付ける。


「お前以上に甘いものなんてねえよ」

「カナデったら・・・」


 顔を真っ赤にしながらも、サツキからは抵抗の意思は見てとれない。
 それにほっと胸をなでおろしたカナデは、そっと彼女の胸に顔を埋める。


「良いだろ?」

「・・・もうっ。どうせ嫌だって言っても、放してくれないんでしょ?」

「嫌、なのか?」


 不意に不安げな表情で顔を上げるカナデ。
 その姿が何とも可愛くて、サツキは微笑みながらゆっくり頭を振った。


「嫌じゃないよ。カナデのこと、大好きだから」

「そうか。良かった」


 素直に喜ぶカナデがさらに愛おしい。
 サツキは手を伸ばして、彼の頭を抱いた。


「大好きだよ」

「ああ、俺も」


 くっ付いたところから、それぞれのぬくもりがお互いを温めている。
 どちらからともなく目を合わせた二人は、砂糖よりも甘いキスを交わした。






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