阿弥陀企画「あなたが傍にいてほしい」
アンジェリークはゆっくり目を開ける。
眼下に広がるのは、まばゆいばかりに輝いている理想郷、アルカディア。
澄んだ美しい青が、生い茂る緑やどっしり構えた茶色を包み込むように取り囲んでいる。
愛しい世界。そこは幸せで満たされていた。
「ねえ、素敵ね、レイン」
女王になってまだ日は浅い。
聖地で暮らすようになってもまだ慣れないことばかりだが、この間にもアルカディアでは駆け足で時間が過ぎているのだろう。
かつてともに戦い、互いに支え合った仲間を思うと、愛しさと、そして少し郷愁を感じた。
アンジェリークは呟いてから、返事がないことにはっとした。
返ってくるはずのない答えを待つのは、こんなにつらいことなのか……。
暗く重く、気分が沈んでしまう。
そうだ、彼は今……。
アンジェリークは再び視線をアルカディアに移した。
アルカディアを見るたびに、大陸中を飛び回っていた頃を思い出す。
タナトスに怯えていた人々が、だんだんと笑顔を取り戻していく。
それがとても嬉しくて、彼らの笑顔を見守ることに何のためらいもなかった。
――――レイン。
心の中で彼の名を呟く。
何といとおしい響きだろう。
口に出すだけで幸せになれた。
目を閉じて彼の姿を思い出す。
鮮やかな緑色の知的な瞳が印象的な少年が、自信に満ちた笑みを浮かべている。
「っ……」
胸が詰まった。
彼が今、自分のすぐ隣にいないことがとてもつらい。
アンジェリークはもらった指輪に手を当てる。
「アンジェ?」
その声にはっとして、あわてて振り返る。
そこには、つい今し方頭のなかに浮かべていた赤毛の少年、レインが立っていた。
「レイン!」
アンジェリークは彼に駆け寄る。
「どうした? 何かあったのか?」
ぎゅうっとレインの手を握るアンジェリークに、ただならぬ様子を感じてレインの表情が険しくなる。
「何か問題があったのか?」
「ううん、違うの」
アンジェリークはぶんぶんと頭を振る。
自分が女王として聖地に赴くことになったとき、レインは何のためらいもなくついてきてくれた。
色々と残してきたものがあるはずなのに、一切未練を感じている様子がなかった。
それは今でも変わらない。
最初、アンジェリークにはそれが単純に嬉しかった。
けれど。
「ごめんなさい。レインが世界の半分を見守っていてくれているのが、とても嬉しいの。本当よ。ダメなのは私なの」
「アンジェ?」
レインが一緒に聖地へ来て、女王の仕事を半分請け負ってくれているのが、本当にありがたい。
でもそれはつまり、レインの半分は、世界のものだということだ。
それに気が付いてしまってから、アンジェリークの胸の中で、レインへの独占欲が強くなっていった。
「レインのすべてが私のものじゃないと気が付いて、勝手に落ち込んでいただけなの」
馬鹿げていると、レインは笑うだろうか。
と。
「お前ってやつは…」
呆れたような呟きとは裏腹に、レインの顔にはあふれんばかりの会心の笑みが浮かんでいた。
「馬鹿。そんなのオレだって一緒だ」
「レイン?」
アンジェリークが首を傾げている間に、レインはそっと彼女の肩に手を置いた。
「なあ、女王の勤めが終わって、再びアルカディアに戻ることができたら、今度こそオレはお前しか見ないと約束するよ」
「レイン…」
「だから、お前も約束してくれるか? お前も、オレしか見ないって」
優しいレインの口調。
それにうっとりしながら、アンジェリークは迷う事無くうなずいた。
「ええ。レイン、お願い。ずっと傍にいて」
「当たり前だ。お前の隣以外、どこに行けるというんだ?」
そう言って、レインはゆっくりとアンジェリークを抱き締める。
「少しくらい、2人が同時に目をつぶるときがあっても、良いよな?」
「……うん」
レインが身を屈めるのと同時に、アンジェリークも顔を上げる。
レインが、すぐ近くにいた。
そのことが、改めてアンジェリークを喜びで包み込む。
どんどん欲張りになっていく自分。
それでもレインは、いつも優しく微笑んでくれる。
大きく腕を広げて、いつでもいっぱいの愛で包み込んでくれる。
他に何が必要だろうか。
彼が、傍にいてくれること以外――――
「レイン」
「アンジェ」
互いを呼ぶ声が重なった。
「ずっと一緒にいて」
「ずっと一緒にいるよ」
相手の言いたい台詞と、言うタイミングが完全に分かっていなくては、こんな偶然ないだろう。
だが2人は、驚く事無くお互いの言葉に頬を染めると、おのれの発言を証明するように、再び深く口付けをかわした。