ダブルブッキング〜白石×静編〜
「ん、あ、あれは・・・」 こちらに遊びに来ていた蔵ノ介さんと、近くの公園を歩いていた時のことだった。 何か見つけたらしい蔵ノ介さんの視線を追っていくと、見覚えのあるような気がするひと組のカップルがいた。 あれは確か・・・。 「比嘉中の木手クンと・・・隣は彼女か?」 やっぱり。 全国大会に出ていた学校の部長さんだ。 「へええ」 面白そうに蔵ノ介さんがうなずいた。 まだ距離は開いているので、向こうはこちらに気がついていない。 二人は楽しげに見える。 隣にいる女の子が彼女だという蔵ノ介さんの予測は、多分あたっていると思う。 「比嘉中の木手くんゆうたら、もっと冷徹なイメージやったけど、彼女の前ではあんな表情するんやな」 興味深げな蔵ノ介さんの視線の先を追って、つられてそのまま二人を見ていると、突然女の子の方が木手さんに抱きついた。 「・・・・・・」 何か言って、初めは困惑していた木手さんの表情も、すぐに苦笑に変わった。 そのまま木手さんの手が女の子の頭に伸びて、愛おしそうに頭を撫でる。 「ええなあ」 「そうですね、お似合いで仲良さそうですよね」 素直にうなずいたのだが、蔵ノ介さんは首を振った。 「ちゃうねん。そこやない」 「え?」 視線を木手さんたちから私に向けられた蔵ノ介さんの視線は、どこかうっとりしていた。 ・・・・・・何だろう。このへんな感じは。 その直後、理由は明らかにされた。 「ええなあ。俺もあんなふうに、静からぎゅーっとされたいわ」 「ええっ!?」 そこ!? 「なあ、静。自分から俺に抱きついてくることなんて、ほぼ間違いなく皆無に近いくらいにあり得へんよな。ここで抱きついてみてくれへんか?」 「いっ、いえ、あの、こ、ここで、ですか・・・?」 「そうや。なっ、ほらほら」 促すように、蔵ノ介さんは手を大きく開いた。 ・・・つまり、そこへ飛び込んで来い、と? そっと表情をうかがうと、私の心情を呼んだように、期待いっぱいの眼差しで大きくうなずかれた。 「ほ、本気ですか?」 「おお、マジや」 ううっ。 そのキラキラとした視線はやめてほしい。 恥ずかしさいっぱいで戸惑いしかない私を、簡単に動かしてしまうから。 「あ・・・あの、本当にちょっとだけですよ?」 「ええて。さあ、どーんと来ぃや!」 私は何度もためらいながら、それでもおずおずと蔵ノ介さんの背中に腕をまわした。 直後、蔵ノ介さんも包み込むように抱きしめてくれた。 「やっぱり静はええなあ。なんちゅーか、俺には静しかおらんて本当に思うわ」 「そう、言ってもらえると嬉しいです。恥ずかしいですけど」 「恥ずかしいのは俺かて同じや。そこは我慢しいや」 恥ずかしいなら、こんなこといきなり要求しなければ良いんじゃあ、なんて思うけれど。 嬉しさが勝っているので、まあいっかという気になる。 「あ、あの、でも、その、そろそろ離していただけると・・・」 ここは真昼の公園で。 人だって勿論多い。 いつまでもこうしているわけには、その・・・。 しかし、蔵ノ介さんは私の願いをあっさり却下した。 「アカン。もうちょっと大人しくしとき」 「ちょっと、って最初に言いましたよ!?」 「いーや、俺にとってのちょっとはまだやねん。もっともっとや」 「は、話が違いますって!」 「違わへんよ」 じたばたもがいても、力で蔵ノ介さんにかなうはずもない。 逆に窒息するんじゃないかという勢いで抱き返されてしまった。 「ずるいです、もうっ・・・!」 「拗ねるトコも可愛えなあ」 何だかんだ言って、離す気なんてないんだってことは、だんだん分かってきた。 飛び込んでしまったのが最後、だったんだと思う。 ――――もう。 「蔵ノ介さんにはかないません」 諦めたら、開き直れた。 私は蔵ノ介さんに負けないくらい、ぎゅっと抱きしめ返した。 「蔵ノ介さんのお願いなら、断れませんから」 「!」 驚いた蔵ノ介さんに、少しだけ笑ってみせる。 少しは反撃できたかな。 「あー・・・なんちゅうか・・・」 困ったように、蔵ノ介さんがため息をついた。 そして、ぼそりと呟く。 「かなわんのは、俺の方なんやけどな」 「え? 何か言いましたか?」 「何も。静が大好きやーゆうただけや」 昼間の公園で抱き合っているなんて、今までの私からは考えられない。 でも、この人とだから、できてしまう。 ・・・できてしまうのが、凄いなぁ。 この際だから、思い切り甘えてしまおうかな。 「ええと、えいっ!」 「おお、静が大胆や! 明日は雨かもしれへんなぁ。でもええか。大雨大歓迎や」 きっと周りの人から見たら、頭がおかしいと思われているんだろう。 それでも、良いかな。 私達を包み込んでいた温かい陽気は、そのまま、まるで今の私達を表しているようだった。 |