ダブルブッキング〜木手×彩夏編〜
今日は永四郎さんが東京へ遊びに来た日。 朝からそわそわしっぱなしで、再会してからも私はどこか落ち着けずにいた。 何となく来てしまった公園だけれど、目的があったわけではない。 「結構人が出てますね」 隣からそう声を掛けられて、はっとした。 永四郎さんがいるのに、私ったら! いけないいけない、と首を振って笑みを浮かべた。 「そうですね! 今日はいい天気ですし」 「まるでキミの頭の中のようですね」 「ああ、明るいってことですよね。晴れてますから」 「・・・まあ、そういうことにしておいて良いです」 あえてそれ以上話題を広げようとせず、永四郎さんは思わせぶりに笑った。 「それにしても、部活はもう終わったんですよね?」 「後輩の指導をすることもありますが、そうですね。それが何か?」 「いやあ、うちの学校の先輩達って、みんな受験で大変そうなので。永四郎さんは全然慌ててないので、大丈夫なのかなあって」 私の言葉に、永四郎さんは目を見開いた。 それから、何故か凄く深いため息をついた。 「キミに勉強の心配をされるとは思いませんでした」 「あはは。私だって永四郎さんの心配をしますよ?」 「いえ、そういう意味じゃないんですが」 何か、今日の永四郎さん、ため息が多い? もしかして、何か落ち込んでいたりするのかな? それなのに私ってば、永四郎さんに会える嬉しさに浮かれてて・・・。 こんなんじゃ、彼女失格だよ! 「永四郎さん!」 私は思いっきり永四郎さんに抱きついた。 「なっ!?」 いきなり飛び付かれたことで、さすがに永四郎さんも驚いたみたいだ。 でも、そんなこと関係ない。 「ごめんなさい、永四郎さん! 永四郎さんがそんなに悩んでいること、気づかなくて!」 「は? 悩んでいる? 誰がです?」 「だから、永四郎さんです。今日は何かため息が多い気がして。何か悩みがあるんじゃないですか? 私にどーんと相談に乗りますよ!」 確かに、永四郎さんから見たら、頼りないところが多いと思うけど。 だからって、放置しておくこともできない。 その、彼女だから、相談に乗ってあげたいし。 「何でも言って下さいね!」 「いや、あの、キミ、相変わらず話を聞いていないでしょう」 「そんなことありません! 永四郎さんのお話なら、一言も逃さず聴き入れますよ!」 聴き入れ態勢は十分だ。 気合も万全に入っている。 その気持ちも込めて、じっと永四郎さんを見つめた。 永四郎さんは困ったように口を開きかけて。 何か言うより先に、何故か微笑んだ。 「・・・彩夏は、俺の言うことを何でも聴いてくれるんですか?」 「はい! 何でも言って下さい!」 「分かりました」 永四郎さんの手が伸びてきて、私の頭を撫でた。 「では、毎日いつ何時でも、俺のことだけ考えていて下さい。一緒にいるときでも離れている時でも、俺のこと以外は考えないでほしいんです」 「それが、永四郎さんの悩みですか?」 「そうですよ」 えっと・・・。 えっと、それって。 「え、えええっ!?」 意味を理解したら、一気に顔が赤くなった。 「いえっ、あの・・・」 「何ですか。できないんですか? じゃあ、先ほど俺に行ったことは嘘ですか」 残念そうにため息をつく永四郎さん。 私は反射的に首を振っていた。 「ち、違いますよ! 嘘じゃないですっ」 「じゃあ、できますね? 約束ですよ」 「は、はいっ。それが永四郎さんの望みなんでしたら、不肖辻本彩夏、頑張ります!」 「ええ。頼みますよ」 くすりと永四郎さんが笑みをこぼしたときだ。 「ええっ!?」 向こうの方から素っ頓狂な声が聞こえてきた。 びっくりしてそちらの方を見ると、永四郎さんの表情が変わった。 「あれは・・・四天宝寺の白石クン?」 声を上げたのは女の子の方だったけれど、男の人の方は・・・あぁ、言われてみれば、全国大会のときにいた気がする。 「ほう、大阪の学校の彼がここにいるということは、あちらも俺たちと同じ状況かもしれませんね」 「遠距離恋愛ってことですか?」 向こうはこちらに気がついていない。 何となくじっと観察していると、おずおずと女の子の方が白石さんに抱きついた。 「わ! こんなお昼から!」 「そこ、キミが驚くところですかね。さっき同じことした気がしますが」 「ああ、そっか。そうでしたね。そう言えば。何かあんまり、そういうの意識してなかったので」 悩みをどうにかしなければという思いが強くて、甘い感じとか全然気にしていなかった。 ぽんと手を打って改めて納得したら、何故か永四郎さんにぴしゃりとおでこを叩かれた。 「あいたっ!」 「何か今、聞いてはいけないことを聞いてしまった気がするんですが」 「いた、痛いです! ちょっと、永四郎さん!?」 どうしたの、いきなり!? 見ると不穏な表情の永四郎さん。 えええ!? 何!? 「彩夏は気軽に男に抱きつくんですか。もしかしたら俺以外の男にも同じことするんじゃないんですか?」 「ち、違いますよ! そこはちゃんと永四郎さんだから」 「でも、さっきのは意識していなかったのでしょう」 「だって、さっきのは永四郎さんを慰めようとするほうが強かったんです」 必死の訴えが通じたのか、そうですかと永四郎さんはうなずいた。 ・・・だけではなかった。 「では、仕切り直しと行きましょう」 え? と首を傾げる暇もなかった。 「改めて俺に抱きついてもらいましょう。勿論、そういう意味でですよ」 「え、えーと・・・ここで、ですよね?」 「どこかリクエストがあるんですか?」 「・・・いえ、良いです。だから不穏なオーラは収めて下さい」 やはり彩夏は察しが良いですね、と永四郎さんは笑った。 「あ、あの、じゃ、じゃあ、失礼して・・・」 私は途中まで手を伸ばしたけれど。 「・・・・・・」 止まってしまった。 ど、どうしよう。 あれ。どうしてだろう。 「どうしましたか、彩夏。早くして欲しいんですが?」 と、急かされても、何でか体が動かない。 何で? 「ええと・・・どうしましょう、永四郎さん。これ以上動けません」 永四郎さんを恋人だと意識して。 甘い感じいっぱいの雰囲気で抱きつこうとしたら、凍りついてしまった。 こんな思いは初めてかも知れない。 困り果てて永四郎さんを見上げると、 「・・・それで良いんですよ」 そう言って、永四郎さんはそっと私を抱き寄せた。 あ・・・。 何だろう。 凄く自然に、永四郎さんの腕の中に納まった。 「もっと俺を意識して下さい。さっき約束したでしょう。彩夏は俺だけ意識していればいいんです」 「う・・・はい。了解です」 「ええ、良い返事ですね」 何度か確かめるように背中を叩かれた後、すぐに解放された。 それだけなのに、凄く凄く緊張した。 どっと力が抜けた気がする。 「さて、行きますよ。まだまだ休日はあるんですから」 「は、はい!」 先に歩きだした永四郎さんを追って、私もその後に続いた。 ちらりと振り返ると、先ほどの二人が抱き合っていた。 ――――いつか、あんなふうに、永四郎さんと・・・。 そこまで考えて、想像が私の許容量を超えた。 「どうかしましたか、彩夏」 「い、いえっ!? 何でも!」 ぶんぶんと首を振りながらも、いつかこの想像が本当になれば良いと、心の中でちょっと思っていた。 |