2人のペース
「さーてと、キレーなお姉さんたちのところへ行くか」 旅の途中のとある宿屋。 皆と夕食をとり終わり、いったん宿屋に戻ってきたものの、やはり寝るにはまだ早い。 少しくらいなら外に出ても構わないだろう。 八戒はうきうきと宿屋の廊下を意気揚々と歩いていた。 鼻歌さえこぼれそうなご機嫌のまま、玄奘の部屋の前を通った時だ。 「あ・・・駄目です、悟浄」 「!?」 突然聞こえてきた声に、八戒はすっ転びそうになった。 (な、何だって!?) 声が聞こえてきたのは玄奘の部屋。 しかも思いがけない人物の名が挙がったので、八戒は自分の耳を疑った。 直後、びったりと扉に耳を当てる。 「悟浄、待ってください。そんな・・・」 「大丈夫です。すべて俺にお任せを」 「で、でも・・・」 戸惑う玄奘に対し、悟浄はいつもと変わらぬ様子だ。 (な・・・何なんだ、この状況は・・・!) その間にも、中の二人の会話は続いていく。 「でも、こんなところ、誰かに見られたりでもしたら・・・」 「俺は構いませんが」 「あ、あなたが良くとも、私は良くありません!」 「そうでしょうか。何も恥ずかしく思うことはないと思うのですが。むしろあいつらに見せてやったらいかがでしょう」 「駄目です! 絶対」 八戒の頭の中には、オオカミと化した悟浄が、いたいけな玄奘をたぶらかせている図が頭に浮かび、さらにパニックに陥る。 (よりにもよって、あの悟浄が!? マジかよ、ありえねーよ、空から槍でも降ってくんじゃねーか、天変地異だ) 何か起こったとしか思えない。 (はっ! まさか酒でも飲んだんじゃねーだろうな) 悟浄の酒癖の悪さは八戒も身を持って体験している。 しかし、あの飲酒騒動以降、悟浄は酒を一滴も口にしていないし、誰も勧めてもいない。 (今晩の夕食だって・・・) 悟浄は確か酒盛りをしている八戒と悟空に説教をしながら、最後まで素面であったはずだ。 その後で飲んだのだろうか。 (酒が含まっていると知らずに、何か変なもん食っちまったとかか?) 悟浄はああ見えて抜けているところがある。 (もし酔っているんだとしたら、姫さんが危ない!) 酔っぱらうと、抜き身の剣を振りかざし、高笑いをしながら往来を走り出すような男だ。 放っておいたら何をしでかすか分からない。 「ごっ、悟浄!」 「玄奘様、力を抜いてください」 「い、いけませ・・・んっ!」 「どうぞ、楽に。・・・気持ち良いですか?」 「は、はい・・・」 「なっ! ちょっ!」 我慢ならなくなった八戒は、迷うことなく部屋のドアを開けていた。 「ちょーっと待ったーー!!」 バタン! と、宿屋を揺るがしかねない勢いで、扉が開け放たれる。 その先にいたのは。 「は・・・八戒!?」 「な、何だ、いきなり!」 予想通り、玄奘と悟浄がいたわけだけれども。 「あ、あれ・・・?」 その様子は、八戒が予想していたものと違っていた。 部屋の中心にある丸椅子の上に座っている玄奘。 悟浄はその背後に立ち、彼女の肩に手を当てていた。 それはまるで・・・。 「肩揉み・・・?」 「はっ、八戒! いきなり何ですか!」 玄奘は驚きつつも、従者の侵入に抗議の声を上げた。 「だって、姫さん・・・えええ!? 悟浄に肩揉みさせてたのか?」 「お、お願いですから、忘れてください、八戒」 「八戒、お前たちのせいで玄奘様は肩凝りを患われたのだ」 いや、それはお前も同じだから、と八戒は突っ込みたかったが、玄奘の嘆きにかき消された。 「うううっ、情けないです。肩凝りなんて、私も年なんでしょうか・・・」 「何をおっしゃいます、玄奘様! 玄奘様はまだお若いですよ! 肩凝りは恥ずべきものではありません」 悲嘆にくれる玄奘を、悟浄は力強く励ましている。 いつもの二人であった。 「つ、つまり、オレの勘違いだった・・・ってこと?」 「八戒、そう言えばお前、何でいきなり玄奘様の部屋に入り込んできたんだ。まさか、狼藉を働くつもりだったんじゃないだろうな!?」 「そんなわけあるか! だから、その剣を収めろって!」 不穏な空気を纏わせた悟浄に突っ込みながらも、八戒はほっとしたような、それでいてどこかがっかりしたような、複雑な気持ちだった。 「ま、この二人だったら、仕方ねーか」 そう言ってしまえばそれまでだ。 二人とも生真面目で、色恋沙汰は不得手と見える。 軽いお付き合い、なんてできそうにない。 「玄奘様、先ほどの続きを。大丈夫、俺はこれでも以前、警吏の仲間のうちで一番の肩揉み技術を持っていたのですよ」 「・・・分かりました。お願いします」 「はい。必ずや玄奘様の肩を揉みほぐして差し上げましょう」 いつもと変わらぬ二人の様子。 (でも) どこか期待していた自分もいたわけで。 (まあ、もう少し時間はかかるのかもな) 傍から見ているともどかしくもあるのだけれど。 まだまだ発展途上で、当人たちも気づいていないようなつながりを、八戒は静かに見守り続けていた。 |