花言葉






「レイン、ちょっと良い?」
 トントン、とアンジェリークはレインの部屋のドアをノックした。
 晴れた日の昼下がり。
 気持ちのいい陽気に誘われて、外にはピクニックをする家族の姿が多く見られる。
 こんな絶好の外出日和に部屋にこもっている変わり者は、レインくらいのものだ。
「ああ、アンジェか。あいているぜ」
「じゃあ、失礼するわね」
 物が溜め込まれている部屋をすり抜けるのにも慣れた。
 積み重なっている本を崩さないようにしながら、アンジェリークは持ってきたものを、邪魔にならない窓辺に置いた。
「どうしたんだ?」
「あ、これ」
「?」
 レインはアンジェリークの持ってきたものに目を向ける。
 そこには、キキョウの花がガラスの花瓶に挿してあった。
「これは・・・!」
 がたん、と椅子を倒して近づくレインに、アンジェリークは思いのほか彼の反応を得られたことが嬉しくて、少し胸を張った。
「覚えている? 前に依頼で花の苗を届けた、モンタントの花屋の店主さん。さっき天使の広場でたまたま会ったのよ。そうしたらこれをくださったの」
 少しずつ角度を変えて、気に入った向きに調節する。
 そうして何度もキキョウを眺めるアンジェリークは、「どう?」とレインを見る。
「店主さんがね、レインに贈ると良いって言ってくださったのよ。本当ね」
「そりゃあ・・・だって、お前」
 珍しく口ごもるレイン。
「どうしたの?」
 対するアンジェリークは首をかしげている。
「お前、もしかして、何も分かっていないのか?」
「え?」
 ようやくレインが事態を飲み込んで、それはそれは深いため息をついた。
「な、何? どうしたの?」
「はあ、やっぱりな」
 レインは困ったように頭を掻いてから、倒れた椅子を元に戻した。
 それからアンジェリークの立つ窓辺に歩み寄る。
 レインの緑色の目が日の光を受けて、きらきらと輝いている。
 それを見たとたん、アンジェリークの鼓動が跳ね上がった。
「えっと・・・?」
 じっと見つめられ、耐え切れずに視線をそらした瞬間。
「きゃっ!」
 そっとレインの腕の中に引き寄せられた。
 まさか抱きしめられるとは思わなくて、アンジェリークの肩が驚きで跳ね上がる。
 ただでさえどきどきしていたのに、さらに拍車をかけられる。
 それを楽しそうに眺めたレインは、ふっと優しく吹き出した。
「お前こそ忘れているだろう。お前、キキョウの花言葉、覚えているか?」
「花言葉・・・・・・あっ!」
 そう。思い出した。
 花屋の店主の出す、花に関するクイズのなかに、キキョウに関するものがあった。
 そのとき店主は言ったのだ。
 キキョウの花言葉を。
 それは。
「『変わらぬ愛』・・・」
「ビンゴだ」
 ぎゅっとレインの腕に力がこもる。
「あ、あの、私、そのっ・・・!」
 平気な顔をしてキキョウを持ってきたものの、店主の計らいに気づいてしまうと、いよいよ鼓動が速まってめまいすらしてきた。
 くらくらしているアンジェリークを、レインはしっかりと抱きとめている。
 こんなに密着しては、パニックに陥るほど早鐘を打つ鼓動を聞かれてしまう。
「あ、あのね、レイン! 私、そんなつもりじゃなくて」
「良い。分かっている。忘れていたんだろう?」
 アンジェリークは何度もうなずく。
 恥ずかしくて気絶しそうになったのは初めてだ。
 レインの胸に顔を俯けていると、耳元に気配を感じた。
「良いさ。忘れていたならそれで。だが、今はどうなんだ?」
「え?」
 彼の顔を見ようと顔を上げかけたが、頭に手を添えられてそれを阻まれた。
 じかに聞こえたレインの鼓動も、やっぱりとても速かった。
「お前はキキョウの花言葉を思い出しても、やっぱりオレにキキョウをくれるのか?」
「!」
 はっとした。
 それってもしかして・・・。
 レインの鼓動はますます速くなっていき、胸を打つ音もどんどん大きくなっていく気がする。
 かたくなに顔を見せないのは、きっと照れ隠しだ。
 アンジェリークにようやく微笑むだけの余裕が出来た。
 思い切って、そっとレインの背中に腕を回すと、今度はレインが驚く番だった。
 その様子がとてもほほえましくて、素直に言葉が出てきた。
「ええ。私はそれでもレインにキキョウを贈りたいわ。・・・・・・ダメかしら?」
「っ! ダメなものか!」
 レインはアンジェリークの肩を掴むと、無理矢理彼女の身を引き剥がした。
 予想通り真っ赤な顔をしていたので、思わず声をあげて笑ってしまった。
「大切にする。絶対、大事にするから」
「ええ。そんなに大切にされたら、キキョウも幸せだわ」
「ばか。違う。お前のことだよ」
「え?」
 赤い顔をしているのは変わらない。
 だが、レインは照れながら微笑んだ。
 その笑顔が今にもとろけそうだったから、アンジェリークにも幸せが伝染した。
「目・・・閉じてくれないか?」
 レインが静かにささやく。
 何をしようとしているか分かったが、アンジェリークは迷わずうなずいた。
「私も、レインを大切にするわ」
 小さな呟きに応えるように、レインはそっと彼女の唇を塞いだ。








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