非常事態




「何や、寒いな」


 文化祭で行われるもんじゃ焼き屋さんの、会計報告書を作るため、会場内の会議室に来た私と蔵ノ介さん。
 室内に入ったとたん、蔵ノ介さんがそんなことを言いだした。


「あ、確かに。少し冷房が効きすぎているみたいですね」


 本当は、会計報告書を作るのは運営委員である私の仕事なのだけれど、


「それやったら、俺も手伝うたるわ。一人より二人のほうが正確やろ」


 と、蔵ノ介さんがお手伝いを申し出てくれたのだ。
 そしてこの会議室にやってきていた。
 蔵ノ介さんはきょろきょろと会議室の隅を見て回る。


「どこかにクーラーのリモコンあらへんか?」


「ここは全館フルオート一括で冷房が管理されているんです。温度を上げるなら、跡部委員長に頼んで、メインコンピュータのほうを調節してもらうしかないですね」

「けったいなこっちゃ。そこまでしたら面倒や。しゃあないわ。我慢できへんレベルやないし、無視しとくか」

「そうですね、早めに終わらせちゃいましょう」


 私は早速、委員会に出した申請書を机の上に並べ、申請した備品とそれにかかった費用をリストアップし始めた。
 その間蔵ノ介さんは、私の計算に間違いがないかをチェックしてくれる。
 文化祭を行うに当たって、委員会を通さず近くの量販店で購入した物品の領収書も会計報告の対象だ。


「普通は予算が決まっていて、その範囲内で必要なものを買うものですが、かかった費用すべて経理で下りるって、改めて思うと凄いことですよね」

「さすがは氷帝の王様やな。けど、結構無駄も多いんちゃうか?」

「ついつい色々頼んでしまいますもんね」


 思っていた以上に、うちの学校も色々頼んでいたようだ。
 屋台の骨組みや、内装、テーブルや椅子、コンロ、鉄板に、鉄ヘラ、紙皿や紙コップ。
 それでようやく屋台が整う。
 他にも食材が必要になってくるのだから、やっぱり思っていた以上に費用がかかっている。


「・・・これ、ホントにこんなに出してもらえるんでしょうか。うちの学校だけこんなに申請しているんじゃ・・・」

「いや、そらないやろ。見た感じ、自分無駄な買い物はしてへんで。最小必要限なモンしかなくてこれやろ。他の学校もおんなじ感じとちゃうか?」


 どんどん加算される数字は、普段私がお目に掛かれるような額ではない。
 何だか計算していくうちに胃が痛くなってくる。
 あまり深く考えないことにして、報告書に集中しようとしたのだけれど。


「・・・うっ、やっぱりちょっと、寒いですね」


 早めに終わらせようと思ったのだけれど、なかなか会計報告書は書き終わらない。
 その間、ますます会議室の温度は下がる一方だ。
 どういう仕組みになっているのだろう。


「ホンマや。このままやったら凍死やで。静、寝たらあかんぞ」

「そんな、雪山で遭難しているんじゃないんですから」


 私はたまらずに立ちあがった。


「私、跡部委員長のところへ行ってきます。ちょっと待ってて下さいね」


 駆けるようにドアに近づいて、ノブに手を掛ける。
 けれど。


「えっ?」


 ガチャガチャと力を入れてみるが、ノブが回らない。
 どういうこと?


「どないしたん?」


 私の異変に気がついて、蔵ノ介さんも隣に来た。


「ドアがあかないんです」

「そんなアホな。ちょっと貸してみぃ」


 包帯の巻かれた手でドアノブを握ったが、やっぱり回らなかった。


「どういうこっちゃ。閉じ込められてもうたんか?」

「何で急に・・・あっ!」


 私は慌てて時計を見た。


「やっぱり!」

「何や?」

「時間です!」


 蔵ノ介さんに分かるように、私の腕時計を彼に示す。


「下校時間、過ぎているんです!」

「何やて?」


 夢中になっていて、全然気がつかなかった。
 いつの間にか時計の針は、無情なくらい先の時間を表していた。
 念のため携帯を取り出して確認してみるが、やっぱり事実は変わらなかった。


「何てこっちゃ。二人して気ぃ付かんかったんか」

「ですね・・・。それに、電気も落とされないから、全然分からなかったんです」


 跡部委員長が前に言っていた。
 会場内は防犯対策のため、一定の時間が過ぎると自動的に各部屋に鍵がかかるのだと。
 だから、会場内に残るときは、必ず申請すること。
 そうでなければ一晩中閉じ込められることになるから、気をつけろと。


「仮にドジって閉じ込められても、一晩経ちゃあ鍵は開くから安心して閉じ込められてろ。言っとくが、俺はそんな下らねえことで呼びだされるのは御免だ」


 そんな風に言い切っていたことを思い出す。
 と、いうことは。


「明日の朝までこのまま・・・」


 ということになる。


「マジか? 誰かに頼んで開けてもろうたらええやん」

「駄目なんです。下校時間後は、セキュリティの関係で誰もこの会場に入ってくることはできません。セキュリティ室の権限は跡部委員長にあるんですが・・・」


 以前跡部委員長が言っていた台詞をそのまま伝えると、蔵ノ介さんは渋い顔をした。


「それきっと、冗談ちゃうわな。本気やろ。あー、ほな、ホンマに一晩ここで過ごさなあかんのか」


「・・・はい」


 はあ、と蔵ノ介さんのため息が重い。
 それはそうだろう。


「すみません。私がお手伝いなんか頼んだせいで」

「いや、言いだしたんは俺や。自分だけが悪いんとちゃう。気づかんかった俺にも非はあるわ」

「いえ、それでも、本当にすみません」


 私は申し訳ない思いいっぱいで、深々と頭を下げた。
 お手伝いしてもらうのだって迷惑をかけているのに、さらにこんなことに巻き込んでしまって、何とお詫びしていいか分からない。
 そんな私に、蔵ノ介さんは、


「何ゆうてんねん。それ、ボケにもならんわ。つまらんからそれ以上ゆうたらあかんで」


 きゅっと私の鼻を摘まんだ。


「っ! 蔵ノ介さん!」

「あはは。その顔のがおもろいわ、自分」


 この状況にはそぐわないほどの明るい笑い声が、会議室に響き渡る。
 蔵ノ介さんは笑顔のまま続ける。


「過ぎたこと色々ゆうてもしゃあないやん。朝まで過ごさなあかんのやったら、仲良くやろうや。閉じ込められるなんて、滅多体験できんことやで。そやったら楽しむに限るわ」

「蔵ノ介さん・・・」


 不覚にも涙が出そうになった。
 気を遣ってくれているのがとてもよく分かって、それがとても嬉しかったから。


「ありがとうございます」


 今度は違う意味で頭を下げた。


「気にせんでええよ。それに、千石クン的にゆうたら、静と朝まで過ごせることになったのは『ラッキー』やろ?」

「ふふっ」

「ええな、その顔。ほら、こっち来ぃや」


 手招きされるまま、蔵ノ介さんの後について、再び机のほうへと戻る。


「?」


 あれ?
 何故か私が座っていた椅子に座った蔵ノ介さん。
 その彼が、まだ私を促している。


「えっと・・・」

「何つっ立っとんねん。ほら、ここ座り」


 座れと言われて示された位置。
 それは、まさしく紛れもなく、蔵ノ介さんの膝の上だった。


「そ、それは・・・」

「あ、今自分やらしーこと考えたやろ」


 にやりと笑う蔵ノ介さん。


「そんなんちゃうで。寒いやん、ここ。電気消えへんのやったら、寒い冷房もそのままやろ。上着もないし、あったまる方法は人肌しかないやん」

「あ、あの・・・」

「それにや、本来の目的だった会計報告書を作ることも、終わってへんやろ。寒さを凌いで会計報告書も作る。どっちもこなすにはこうすることが一番や」


 そうやろ? と自信たっぷりに言われると、何故かそんな気がしてくる。
 ・・・私ったら、よこしまな想像をして、恥ずかしい。
 蔵ノ介さんは純粋に、効率良く仕事を進める提案をしてくれていただけなのに。


「すみませんでした。では、失礼しますね」


 納得して、でもすんなりとは行かなくて、恐る恐る蔵ノ介さんの膝の上に乗る。


「っ! あの・・・!」

「んー? 何や?」

「その・・・やっぱちょっと、近くないですか?」


 そうかぁ? と言う声は、すぐ耳元で聞こえる。
 背中に感じる蔵ノ介さんのぬくもりでさえ、頭がおかしくなりそうなのに、囁かれるように聞こえる声は、胸をざわめかせて仕方ない。


「さ、早く終わらせてトランプでもしよ。確かこないだ使うたトランプ、この辺に隠しといたはずや」


 な? と、いつもより低い声で言うのは、わざとじゃないんだよね・・・?


 それから、言われるまま会計報告書の作成の続きに取り掛かったのだけれど。
 案の定というかなんというか。
 頭がふわふわしたままとりかかった会計報告書は、あちこち計算ミスをしては、そのたびに後ろから蔵ノ介さんのチェックが入った。


「ちょっと冷房の効き過ぎで頭おかしなってるんちゃうか?」

「す、すみません・・・」


 多分原因は冷房じゃないんだけど。
 でも、なかなか進まないことには変わりない。


「あの、やっぱり、少し寒いのを我慢して、急いでやったほうが良いんじゃないですか?」

「あかん。俺も寒いんや。暑いんは慣れとるけど、寒いのには弱いねん。しばらく我慢しぃや」

「は、はい・・・」


 うう・・・。
 このまま進めて、正しい会計報告書が出来上がる自信がない。
 でも、私を暖房具代わりにしている蔵ノ介さんは、ぴったりくっついたままだ。


「へえ?」

「な、何でしょう・・・?」

「ん? あ、いや、な。自分、良い匂いのするシャンプー使うてるんやな思うて」

「ふ、普通のですよ?」

「そうか? まあ、ええんとちゃうか」


 駄目だ。
 心臓が破裂しそう。
 蔵ノ介さんはこういうことに慣れているんだろうか。


 私はというと、こんなに男の人に接近したことはない。
 会話を楽しむ余裕も、まして会計報告書を正確に作成する余裕も、もう何もかも皆無だ。
 パニック過ぎて勝手に口が動いた。


「蔵ノ介さんは、ほ、他に誰かとこんなこと、したことあるんですか?」

「え?」

「その、こんな風にくっ付いたりとか、膝の上に載せたりとかですね・・・」

「それ、自分興味あるん?」

「え、あ、ええ、それは・・・」

「ふうん」


 言ってしまってから気がついた。
 私、何訊いているんだろう!
 訊いてどうするというのか。
 答えてくれたところで、それはそれでショックだ。


「すみません、今のはなしで・・・」

「自分は?」

「何がですか?」

「だから、自分はこないに、誰かにぎゅってされたことあるんか?」

「あ、あるわけないじゃないですか」

「なら問題ないな」


 良かった良かったと言う蔵ノ介さんは、これ以上ないほど上機嫌だ。
 おかげで、私の変な質問はなくなってくれたんだけど。


 どうしよう。
 やっぱり間が持たない。
 自分の頭から湯気が出ているんじゃないかとさえ思う。
 こんなのでは、明日の朝までもたない。


 と、背後の蔵ノ介さんが動いた。


「静、固まってもうたな。やっぱこの体勢は嫌か?」

「へ・・・?」


 急に、先ほどの上機嫌が嘘のような静かな問いかけだったので、一瞬にして沸騰した頭が冷えた。


「でも、だって、寒いって・・・」

「けどな、嫌がることしとるのも嫌やん。朝まで一緒なんやから。静が嫌なんやったら、寒いのんは我慢してもええで」


 時刻はまだまだ次の日にもなっていない。
 朝までは時間がある。


 ――――蔵ノ介さんは、私の様子に気がついていたんだ。


 こういうことに慣れなくて、一人パニックになっている私のために、寒いのを我慢してくれるなんて・・・。
 もとはと言えば、私のミスだったのだ。


 これ以上蔵ノ介さんに甘えるわけにはいかない。
 私にできることをしなければ。


「嫌じゃありません。その・・・本当に、何もできないですけれど、こうして蔵ノ介さんが少しでも温かくなれば、それで良いです」

「ホンマか? 俺に気ぃ遣うてへんな?」

「私が蔵ノ介さんにしてあげられるのは、本当にこれくらいですから。何か出来ることがあって、良かったです」


 そうだ。
 彼のためにできることがあるのは、本当に幸運だ。
 これではお返しにもなっていないのかもしれないけれど、でも、これで蔵ノ介さんの寒さが和らぐなら何より。


「えっと・・・」


 私は椅子から立ちあがって、振り向いた。
 そして、


「これで、少しは温かくなりますか?」

「!」


 蔵ノ介さんの頭をそっと包み込んだ。
 普通だったら絶対にできない。
 でも、これは寒がりな蔵ノ介さんを温めるためなんだから、ためらいは不思議となかった。


「自分、反則やわ。こんな反撃食らうとは思わんかった・・・」

「え? 何か言いました?」

「いや、何もゆうてへんよ。ただ・・・そうやな、もうちょっとあったかいのがええな」


 そう言うや、蔵ノ介さんの腕が私の背中にまわされる。
 ――――うわぁ。
 さっきとはまた違った形で、ぎゅっとされたのでびっくりしたけれど、さっきよりはパニックにならなかった。


 むしろ逆。
 何か、蔵ノ介さんの体温、凄く安心できる。
 何でだろう。
 さっきまではドキドキが止まらなくて仕方なかったのに。


「なあ、静」

「はい」


 名前を呼ばれたので下を向くと、ちょうど顔を上げた蔵ノ介さんと目があった。


「じっとしといてな」

「は、はい・・・」


 何だろう。
 蔵ノ介さん、いつもと様子が違う・・・?


 私をからかう時とは違った、いつになく真剣な表情。
 彼の目が私を捕らえて離さない。
 その距離が少しずつ近づいてきていたのに、私は棒を呑んだように動くことができなかった。


「・・・・・・」


 もう少し。
 息のかかる距離まで、蔵ノ介さんの顔が近づいてきて・・・。


「っ!? 何?」


 廊下が騒がしいことに気がついた。
 それは蔵ノ介さんも気づいたようだ。


「何や、誰かおるのかもしれへん」


 蔵ノ介さんが立ち上がり、入口に体を向ける。
 その時だった。


「白石ー! 助けに来たでぇ!」


 ものすごい勢いでドアが開いた。
 入ってきた人物に、私も蔵ノ介さんも驚いた。


「金ちゃん!? どないしたん」


 蔵ノ介さんと同じ四天宝寺の遠山くんが、誇らしげに手を腰に当てて、ドアの向こうに立っていたのだ。


「ようやく探し当てたばい。お二人さん、無事か?」


 小さい陰の後ろから、長身の人も顔を出す。
 この人も、蔵ノ介さんと同じ学校の、千歳さんだ。


「千歳まで。びっくりさすな。ちゅーか、良くここへ来られたな」

「あー。まあ、その辺は訊かないで欲しか」


 言葉を濁す千歳さんの横で、遠山くんは実に生き生きとしている。


「千歳、おもろかったなー。会場の塀上るのんとか、開かんドアぶちこわすのんとか」

「き、金ちゃん、そいば黙っとくたい。絶対他の人に言っちゃいかんよ」


 しっ、と千歳さんは言ったが、不法に入り込んできたことだけは良く分かった。


「下校時刻ば過ぎとるのに、いっちょん返ってくる気配がなかったけん、心配しとったんよ」

「あ、そういや、連絡し忘れとったわ」

「白石は、ねーちゃんと悪の組織にとらわれとったんやろ? ワイらが来たからには、もう安心やでえ!」


 そう言えば、大阪から応援に駆け付けてきている三人には、跡部委員長から宿泊所が提供されているって言っていたっけ。
 それで、蔵ノ介さんを探しに来たんだ。


「あ、青学の運営委員のねーちゃんからも、頼まれたんやで。山吹のねーちゃんがおらんから、探してくれって。多分会場内に取り残されとるゆうとったけど、ホンマやったな」

「そうだったんだ・・・」


 また心配をかけっちゃったかな。
 私も、誰かに連絡しておくことを忘れていた。


「う・・・。やっぱり、凄い着信履歴」


 青学担当の運営委員の子だけじゃない。
 親からも連絡が入っている。
 急いでその二人には「すぐ帰ります」のメールを送っておく。


「あんまりのんびりはしておられんばい。さっさとずらかるたい」

「せやな。騒ぎが発覚する前にずらかるとしよか」


 急いで荷物をまとめて、促されるまま走り出す。
 これは・・・絶対、不法侵入だよね・・・?
 強盗が入ったらこうなるのだろう、と様々なドアを越えるたびにそう思った。


 ・・・ごめんなさい、跡部委員長。
 明日絶対謝りに行きますから。
 心の中で、物凄い不機嫌そうな顔で私を睨む跡部委員長の顔を思い浮かべ、気が滅入っていると。


「静、静」


 蔵ノ介さんに声を掛けられた。


「何でしょう?」

「明日、一緒に行こな。怒られに」

「でも、蔵ノ介さんは巻き込まれただけですし・・・」

「いや、この会場内の様を見とったら、俺も四天宝寺の部長として謝らなあかんやろ」

「あー・・・」


 それには否定できなかった。
 破壊された主にドア類は、まさしく蔵ノ介さんの率いる四天宝寺の子の所業なのは明らかだったので。


「でも、こう言ったら不謹慎になると思うんですが、私、遠山くんには感謝しているんです」

「? 何でや」

「だって、蔵ノ介さんが一緒に謝りに行ってくれますから」


 一人だったら、胃が痛くて仕方なかっただろう。
 でも、蔵ノ介さんと一緒だと思うと、凄く心強い。


「すみません。迷惑掛けっぱなしなんですけど・・・」

「別に迷惑なんて掛けられてへんで? せやから思いっきり俺を頼ってええんや。俺かて静に甘えさせてもろたからな」

「そんなことありましたか?」

「さっきのぎゅーっ、や」


 う・・・。今言われると何か恥ずかしい。


「忘れて良いです」

「忘れるわけないやろ」


 走りながらも、ぽんと頭に手を置かれた。


「また頼むな」


 頼むな、と言われても、多分あんなこと畏れ多すぎて、もうできないと思う。
 そう、あれはきっと、あんな非常事態だったから。
 だから、その後に顔が近づいたのだって・・・。


「静、どないしたん?」

「え、いえ。何でも・・・」


 じっと見つめられると、蔵ノ介さんには心の内を読まれてしまいそうだったので、私は顔を反らせた。
 何でもないことは、蔵ノ介さんには分かってしまっているのかもしれないけれど。
 何か妙に蔵ノ介さんからの視線を感じたような気がしたけれど、あえて無視する。
 こうして私たちは、無事(?)会場を抜けだすことができたのだった。


 ――――無論、翌日こっぴどく跡部委員長に怒られたのは言うまでもない。
 けれど、隣に蔵ノ介さんがいてくれた私は、それだけでもう何も怖くはなかった。


 ―――本当にもう、私はどうしようもなく、蔵ノ介さんに惹かれているんだな・・・。


 しおらしく首を垂れていると見せかけて、こっそり私に微笑みかけてくれる蔵ノ介さんを見ながら、私はしみじみそんなことを実感していた。








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