(あなざぁ用心棒・番外編)
   〜望月藩『姫君ものがたり』〜





 ― 私は『初姫』なんかじゃありません・・・!

 『話をすれば解ってくれる・・・』、そんな思いから。敵方である風魔霞丸の名を呼んでしまった自分は、やはり間違っていたのだろうか・・・。
 平和な時代―。他人を傷つける―なんて事は、単純に『してはならない事』で。争い事は、まず話し合いで解決の道を探ってみる事を、第一に考えるのが当然とされる時代―。
 そんな時代に生まれ育った紗依にとって、突然置かれた自分の環境は、とても理解出来るような代物では無かった。正直に言えば、今でもまだ悪夢を見ているとしか思えない。

夢を見ていた。昼間に出かけた、江戸時代のお城の出て来る夢。そこに住んでいた、お姫様の出て来る夢・・・。
『初姫』―、そのお姫様の名前だ。とても『お姫様』とは思えないような、元気ハツラツでお転婆な女の子。じゃじゃ馬姫、なんて言われていたくらい。
決められた相手―顔も見た事も無い相手と結婚するのをイヤがっていて、恋する事を夢見ていた。お姫様だって、普通の女の子と同じだなぁ、なんて思いながら、私は夢を見ていたはず―。
 お姫様が、お供のサムライと一緒に陰謀に巻き込まれて敵の罠にはまってしまい、そして・・・。
―そして、そのまま。お姫様は恋も知らぬまま、帰らぬ人となってしまいました・・・。
そんな悲しい夢を見て、お姫様の気持ちに同調して、涙していたはずの自分が。
どうして、そのお姫様の体の中に意識だけ入って、お姫様を狙う人達に追いかけられ命を狙われるような事になっているのか・・・。

―すべての元凶は、お城で拾った綺麗なペンダントだとしか思えない。夢の一部だったかもしれないが、確かにこのペンダントが不思議な光を放ち、お姫様の姿を映し出し―。
気付けば、お姫様が命を狙われ逃げなければならなくなった、まさにその瞬間に。自分は放り出されていたのだ。『初姫』として・・・。
―そして今、そのペンダントは素知らぬ顔で、自分の胸にしっかりとぶら下がっている。
敵に捕まり、地下の牢屋に放り込まれ。話し合えるかもしれないと望みを持った相手には、話どころか頭ごなしに『お前が初姫で無い訳が無い』と言い切られ―。
少しは話を聞いてくれたものの、言葉の使い方が悪かったのか。風魔霞丸にまで、突然これも『騙されるところだった』などと言われて去られてしまった。

―そして、そのまま。お姫様で無いただの紗依ちゃんは、暗くて寒い地下牢に一人、残されてしまいましたとさ―。
もう、タメ息ばかりが口をついて出てしまう。

―まさしく、悪夢だ。

当然のように、お互いが傷つけあい、殺しあうような時代。命からがら逃げなければ生き延びられず、ひとつ選択を間違えれば、こんな場所で一人で過ごさなければならなくなる―自分などには、絶対理解出来ない・・・したくも無い、そんな時代―。

「・・・しかも、その原因が―、お姫様の『マンゴープリン』の一人大食いだなんて・・・。」

 ―めげてくる。
 こう言っては何だが―、敵方の『大野治基』とかいう人に対して。同情のひとつも、したくもなってしまう。
 ―なんて、ワガママで迷惑なお姫様なんだろう・・・★
 結果的にはすごく・すごく可哀想な運命のお姫様、のはずなんだけど。やっている事というか、その原因となった言動に関して言ってみれば・・・。
 ・・・そう思われても、仕方無いんじゃないだろうか。少なくとも、今回の件に関してだけは―。自分には恨まれても仕方ない、と思って欲しい。
「いくら好きだからって―、マンゴープリンの一気食いなんて・・・。しかも、ご馳走されているんでしょ? それなりの遠慮ってのを、してくれてもいいんじゃないの?
 そりゃ、食べた本人は、まだ『食べた』だけマシっていうか責任のひとつもあるでしょうけど。私は、そもそも『食べて』ないのよ、ひとつたりとも・・・?
 それなのに、なんでいきなり『命の危険』なんて最悪の状況に、いきなり放り出されちゃったりする訳? ちょっと、かなりヒドくない???
 一口も味わっていないマンゴープリンの為に、カロリー消費だけをおっつけられて・・・。
 ―そう―、そうなのよっ! いっくら別腹だからって、乙女としては一応カロリーとかを考えた上で、少しは控えて欲しいってのよ!!
 死因は『食べ物の恨み』です、なんて診断書に書かれても仕方無いような事を、仮にも一国一城のお姫様が、恥らいも無くしないで欲しいっ!
 そんな理由で・・・、そんな理由で! こんな家からどんだけ離れているかすらも解らないようなトコで、若い身空で死んじゃうなんて・・・。
 いくら何でも・・・、いっくら何でも! これじゃぁ私、死んでも死にきれなさすぎだわよっっっ!!」
 『恋も知らずに、陰謀に巻き込まれて、若い身空で死んでしまった可哀想なお姫様』―。そんな綺麗な『お話』は、やっぱり『お話』だった。
 実際は、食い意地の張ったお姫様の、おいしいものバイキング(重要事項*しかもタダ食い)に釣られてしまった挙句の果ての暗殺―。
 可哀想は可哀想だけども。可哀想は、可哀想・・・、なのかもしれないけれども・・・っ! 原因の一端(もしくは全般)は・・・、お姫様にもある、としか思えない。
 ―そして。そして、どう考えてみたところで、自分がその運命に巻き込まれてしまうような筋合いは、絶対無いんじゃないか―、と。
 考えれば考えるほど、そう思えてきて仕方が無い。―敢えて言うなら、例のペンダントを無断で拾って自宅へお持ち帰りしてしまった・・・、という一点ぐらいだろう。
 大体ー、『恋も知らずに』云々という条件で言うならば、自分だって十二分に条件クリアしているトコだ。自慢じゃないけど生まれてこのかた、『恋人』なんて人に恵まれた経験は、まだ―、無い。

 ―理不尽だ。あまりにも、理不尽すぎる・・・っっっ!

 ムカムカムカムカムカ。寒く湿った地下牢で、暖まる為の知恵だとか何とか。そんな考えは毛頭無かったものの、何だか怒りで体の内側から外側までが、カッカと燃えて来てしまう。
「『初姫』も『初姫』だけど・・・!」
 ―怖さと疲れと先行きの心配の、三種混合不安要素の反動だろう。一度燃え始めてしまった紗依の怒りの矛先は、すべての元凶と思われるペンダントにまで向けられた。
「『あんた』も『あんた』よっ!」
 胸元から引っ張り出した緑色の石に向かって、さもそれが言葉を理解するかの如く、噛み付くようにまくしたてる。
「何なの、一体!
 お城で土に埋もれて汚れていたのを、拾って洗って綺麗にしてあげたってのに〜っ!
 しかも、明日には返しに行くつもりだったのよ!?
 何で、今日! 今夜! 私をこんな面倒に巻き込んだりすんのよぉぉぉ!!
 恩を仇で返すなんて、ひどい! ひどすぎる!!
 お金を出して買ってくれた『初姫』に同情したにしても!どうして拾って洗って世話してくれた私には、こんな酷い仕打ちが出来るのよっ!
 これじゃぁ、私、あんたなんか拾わなければ良かったって思うしか無いじゃない〜!
 もし私がこんなトコで死んでしまったら、あんたに今度は私が取り付いて、他の誰かをこんな目に合わせなけりゃいけないっての〜っっっ!!??」

 ―支離滅裂―。

 ただでさえ、慣れない重い着物を着て走り続け。怖い思いを我慢しながら。知らない人達の中で、我慢に我慢を更に重ねて―。
 ―『我慢の限界』などは、とっくのと〜に、ぶっちぎれていた。
 怖かった。辛かった。いくら強くても、親切でも―。
知らない人達の間で守られながら、敵も味方も無く誰かが傷ついていくのがたまらなくイヤだった。
 だから、何とか話し合って、どうにかしてみたかった。それすらもかなわないで、この現状・・・っっっ!
紗依は、たとえ相手が物言わぬペンダントであっても。恨みつらみのひとつやふたつやみっつやよっつも、念仏よろしく唱えてみたくもなっていたのである。
「黙ってないで、何か言いなさいよ〜っ! いや、それよりも、責任を取って、責任を〜っっっ!!
 責任者を、ここに呼んで来〜いっっっ!!!!!
 私は・・・、私はっ!
 『初姫』なんかじゃっ!
 無いんだからぁぁぁっっっ!!」
 ― 絶叫―。
 途端に。ペンダントが、淡い緑色の光を放ち始める。
「!?」
 驚いて、取り落としてしまう。鎖の先―胸の上でバウンドしながら、いよいよ光を強めるペンダント―。
 ―と。
 突然、緑の光が、赤に転じ。続いて―。

 ジリリリリリリリリリリリリリィィィィン!!!
「××××××××っっっ!!」
 耳を突き刺すような、非常ベルさながらの、大音響―。
 おもわず耳を押さえ、眼をつぶってしゃがみ込んでしまう『初姫』IN紗依。冷静に考えてみれば、音の源のペンダントに一層近付く事に他ならないのだが、そこまで考えが及ぶ訳が無い。
 潜る机が無い以上、せめてうずくまって頭の上に気をつけるくらいしか出来ない。・・・というか、なんでここで非常ベルなんかが鳴り出したのか・・・?
 パニックに陥りながら、ギュッと縮こまった少女の耳に、聞こえてきたのは聞き覚えのある声―。
「何事だ! 何があった・・・!!」
「か、霞丸さん・・・っっっ!!」
 人の声におもわずパァ、と顔を明るくして、格子の向こうからこちらを見ている忍び装束の青年の姿に、へなへなと力を抜いてしまう。
「こ、怖かったぁ〜!!」
「????? 何を、安心しているのだ・・・???」
 油断無く、牢屋の中を探るような眼差し。その合間を縫って、囚われ人を一瞥した風の霞丸の口から、当然と言えば当然だと思われる台詞が口をついて出る。
「だって、いきなり〜っ! こんな時代なのに、何で、この牢屋って、非常ベルなんか鳴るんですかぁっっっ!!」
「非常・・・、べる・・・・・・???」
 ―困惑。冷静で厳しい表情しか見せた事の無い忍びの顔に、あからさまにそんな色合いが浮かぶのを、こちらも困惑したように、少女が見上げる。
「一体、何があったんでしょうか? 火の元・・・、なんて、そもそも火の気も無いんだし・・・。地震ですか? でも、揺れてなんかいなかったし・・・。雷なんて、もっと関係無いですし・・・、後は―。」
 半分泣きそうになりながら、ハッと、恐ろしい考えが、紗依の脳裏を駆け抜ける。
「まさか―、宗重さんの、親父ギャグ・・・!?」
「・・・宗重・・・『さん』? 筑波宗重のギャグだと・・・?」
「あ、いえ、ごめんなさい―★」
 口走ってしまってから、赤面。自分で自分が信じられない。災害と言えば、と。頭の中で古今東西ゲームが勝手に発動―『地震・雷・火事・親父ギャグ』・・・。
「自分で言ってて何ですけど、あまりにも寒すぎて―。ああ、疲れがたまりすぎてるんです、きっと―。宗重さん並、いえ、それ以下かもしれない・・・★」
 ブツブツブツブツ・・・。額に皴を寄せ、何やら呟き始めてしまった『初姫』に。それなりに気配に敏くなければ勤まらぬ生業でもあるだけに―、常ならぬものを感じてしまったのだろう。
「お、おい・・・?」
 いくらか控えめに、声をかけてくる霞丸に。キッと、『お姫様』の強い眼差しが向けられる。その異様な気迫に半分押された風に軽く顎を引いた忍びに―。
 ―ニッコリ@ 花のような笑顔を向けて、少女は言う。
「―忘れて下さい@」
「・・・・・・は?」
 突然の申し出に、理解不能な胸の内をコンパクトにまとめてみた一言を発してしまう霞丸。そこへ更にニコニコしながら、少女は再度、告げる。やんわりした口調・声音はそのままで・・・、その実。ほぼ、命じているが如く。
「わ・す・れ・て・く・だ・さ・い@」
 ニコニコニコニコニコ@ その笑顔=何だか自分の喉下に白刃の刃が突きつけられているかのような危機感を与える代物であるかのような錯覚を覚えながらも。
 風魔の頭領は努めて平静を装いながら、それでも一抹気圧されている事を隠し切れない様子で、尋ね返す。
「な、何を・・・?」
「『地震・雷・火事・親父ギャグ』なんて標語は、古今東西存在しません@」
「???????」
 ― 意味不明―。眼を点にしたまま立ち尽くしている相手に、更にパワーアップした笑みを向け、重ねて紗依。
「存在するのは、宗重さんの、フォローの仕様に困り果てる寒々とした親父ギャグだけです。いいですね? 忘れましたよね???」
 ― ずももももももももも・・・・・。
 ・・・花のような、笑顔。その背後より立ち上る、威圧レベルの相当高いアレは、一体、何なのか・・・・・・。
 ― くっ・・・!?
 主たる者―『大野治基』にのみ捧げられた忠誠値すらも凌駕するような威圧感を前に。誇り高き忍びである風魔霞丸は一瞬顔をひきつらせ―。
「・・・一切、記憶にございません★」
「ごめんなさい@ 何か、無理にお願いしちゃったみたい@」
 ヘコリ、と。丁重に頭を下げての霞丸の台詞に、ポッとほのかに頬を染め、手で押さえてチロリ、と舌をのぞかせる少女。
 ―可愛い―。一瞬、今まで思いもつかなかった台詞を脳裏に走らせながらも、理性ではゾッとするものも感じる霞丸。
 ―『無理にお願い』? キッパリ『威圧』で『強制』してただろうが、あんた・・・っっっ!!
 ・・・勿論、口に出せようはずも無い。口に出したら最後、何が起こるか想像すらも出来はしない・・・。主の言葉が、思い起こされる。
 ―『霞丸―。女人には、くれぐれも気を許すな。特に、女のヒステリーだけは、避けねばならぬ―。あれは、ハッキリ言って、凶器以外の何物でも無い・・・。しかも、最強最悪だ。泣く子よりも始末に終えぬ―。』
「あのぉ、ところで・・・」
「な、何だ・・・!」
 その後一刻に及び細々と受けた『女性に対するノウハウ基本編』の講釈をブツブツと思い出しながら。つい自分の世界に入っていた霞丸は、すっかり元の控えめな口調に戻った牢の中の囚われ人の言葉に過敏反応しながらも。
 何とか、自分の冷静なステータスを取り戻すことに成功し、そちらに眼を向けた。
「霞丸さん。私が『初姫』では無い事を、一体どうしたら、『治基さん』は分かってくれるんでしょう?」
「『はるもと・・・、さん』・・・???」
 またも奇妙な違和感を覚える言葉を耳に、ブツブツ繰り返す霞丸。
「? あの、何か、おかしな事言ってますか、私?」
「・・・筑波宗重を、何と呼んだ?」
「え? 『宗重さん』が、どうかしましたか?」
「・・・宗重『さん』・・・。」
 ブツブツブツブツ・・・。またも何だか一人の世界に入ってしまった霞丸に、小首を傾げてしまう紗依。どうやら彼は『宗重さん』と『治基さん』を繰り返し、呟いているらしい。
 ― 何か、漫才のコンビかスナック菓子みたい・・・。
 おもわずクスッと笑ってしまうと、それに気付いて睨まれてしまう。
「・・・何が可笑しい?」
「いえ、何かそんな呼び方が、気になるのかな、って―。」
「お前は気にはならぬのか?」
「え? だって、普通でしょ? 『さん』付けて呼ぶなんて。」
 何かおかしい事があるのだろうか、と。心底分からずにキョトンとして尋ねてみれば。ゆっくりと首を振って、霞丸。
「『普通』・・・?」
 ―まるっきり『信じられない』、と言うような顔に、今度はこちらが困惑してしまう。何も変な事は無いはずだ。宗重さんなら、お姫様のお世話役だとかいう事で、呼び捨てがどうとか言われるのは、まだ分かるが・・・。
「そんな、他人を・・・、年上の人を呼びつけなんて、出来ないでしょう?」
「・・・・・・・・・。」
 探るような目つきに、うっと。言葉を失ってしまう。おかしいだろうか。というか、『初姫』ならおかしいかもしれないけども、『紗依』としてはおかしくも何とも無いのだから、仕方が無い。仕方が無い・・・、よね???
「・・・とりあえず、これでも口に入れておけ。ここで単純に餓死されてもつまらぬ。」
「あ、はい★」
 水と、おにぎり・・・。冷えてはいるものの、とりあえずはありがたくいただいておくことにする。食べ終わるのを待って、また明かりと共に消えてしまった霞丸を見送り、タメ息ひとつ。
 ― 結局、ゴハンを持って来てくれただけなんだ―。
 それでも、今までの事を考えれば、久し振りにまともな食事だった。これでお味噌汁でもあれば、最高なのになぁ、などと思いつつ。
 壁に背を預けたまま、紗依はウトウトとし始めていた―。





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