昼下がり




「あら」

 陽だまり邸の大きな庭にある、色とりどりの花に囲まれた東屋に、見覚えのある姿を見つけたアンジェリークは自然とその人物に歩み寄っていた。

「レイン?」

 心なしか弾む声音で声をかけるが、しかし、相手からの返事はない。

「?」

 ひょいと彼の顔をのぞいてみる。
 と。

「……」

 レインは軽い寝息をたてている。
 膝のうえに広げてある本を読んでいたのだろう。
 アンジェリークには、やっぱり難しい内容だ。
 もう一度声をかければ起きるだろう。
 だがアンジェリークはそうせずに、音を立てないよう気を付けながら、そっとレインの隣に腰を下ろした。

「ニャア〜」

 いつのまにかテーブルのうえに登っていたエルヴィンは、自分の存在をアピールするように一声鳴いたが、

「しっ!」

 アンジェリークはあわててそれを制した。

「ダメよ、レインが起きてしまうわ」

 小声でそう叱ると、エルヴィンはおとなしく口を閉じた。
 ホッとして、肩を撫で下ろすアンジェリーク。
 すぐ近くにあるレインの顔を、何とはなしに見つめる。

「あ…」

 キュッと結ばれた口元、難しそうに寄せられた眉、何かを思い詰めたような表情――――
 レインにあるそれら負の感情を認めたとたん、アンジェリークの顔も急激に曇った。
 
 ――――どんな夢を見ているのかしら。

 この様子では、良い夢ではあるまい。
 悪夢の類だろうと思われる。
 それは一体どんなものなのか――――残念ながら、当の本人以外には分からないことだ。
 どんな内容かは分からないが、レインを苦しめていることには違いない。
 アンジェリークはレインの左手を取ると、ぎゅうっと両手で包み込んだ。

「レイン…」

 どうかあなたの夢が、安らかになりますように。
 そんな願いを込めながら。





 ふわりと暖かな風が頬を撫でていった。
 空の青は淡く、雲の淵が透けて、空と雲の境があいまいになっている。
 気持ち良く昼寝をしていたエルヴィンは、ふと目を覚まして辺りをきょろきょろ見回した。
 猫でも夢を見るのだろう。
 しばらくぼんやりしていたエルヴィンだったが、それも長くは続かなかった。

「ニャア」

 主人を起こすように一声鳴くと、アンジェリークの膝のうえに飛び移ろうとした。
 が、それは直前に伸びてきた手によって阻まれた。

「ダメだ、アンジェが起きてしまうだろう?」

 顎の辺りを撫でてやると、エルヴィンはうれしそうにレインの指にじゃれついてきた。
 その様子をしばらく楽しげに眺めてから、隣で寝入っているアンジェリークに目をむける。
 いつからそこにいたのだろう。
 つながれた手から、肩に預けられた頭から、彼女の存在がはっきり感じられる。
 ――――夢のなかでは、アンジェリークの隣に座っていたのは、自分ではない、他の人物だった。
 その光景が脳裏を霞め、レインは顔を歪める。
 その瞬間。

「!」

 アンジェリークが手に力を込めてきた。
 はっとして見ると、相変わらず彼女は眠りの中にいる。

「アンジェ…」
 
 ただの偶然と言えばそれまでだ。
 しかし、それでも、レインは彼女が自分を心配してくれたのだと思った。
 夢ではその優しさは、他へ向けられていたのだ。
 ずっとそれが苦しかった。
 でも、現実の彼女はここにいる。
 他の誰かではなく、自分の隣に。
 レインはそっと身を屈めた。

「サンキュ。オレの傍にいてくれて」

 アンジェリークの額にキスを落とすと、レインは再び静かに目を閉じた。








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