生きている喜び
――――譲くんは、生きていた。
生きている時代に戻ってこられたんだ。
一度は壊れてしまった白龍の逆鱗をいとおしそうに胸に抱きながら、望美はその事実をしみじみかみ締めていた。
自分の腕の中で冷たくなっていった幼馴染。
亡くして初めて、彼がどんなに大切な人物であったかがわかった。
一時は何もかも諦めてしまおうとさえした。
だが――――こうして、彼が生きているときに戻ってきた。
奇跡、なんて、言葉にしてしまうとずいぶんあっさり片付いてしまうが、自分の願いがかなったときの望美の気持ちは、きっとどんな言葉でも言い表せない。彼女自身、どう表現してよいかわからないのだ。
しかし、これだけは言える。
二度と会えないと思っていた彼に会えて、本当に、今まで抱いたことのないほどの歓喜に、心が震えたのがわかった。
こうして寝床についても、まだ興奮冷めやらず、気持ちが高ぶって眠れそうになかった。
「・・・・・・」
風の音もしない。
犬の遠吠えも聞こえない。
静かな夜だ。
皆寝静まっているのだから、当たり前だ。
鎌倉へは遊びに来たわけではない。やることがあって、だ。
そのために英気を養っておくのは当然。
夜遊びする者などいようはずもない。
――――その静けさが不意に、望美に不安感を植えつけた。
「本当に、戻ってきたんだよね・・・?」
自分でも意識しないうちに出た一言だった。それが、さらに彼女を不安にさせる。
もしかして、夢なのではないか。
このまま眠って、次におきたときには、譲はいないのではないか。
まさか、と思う。
つい先ほどまで一緒にいたのだ。触れもした。幻ではなかった。
そう思いつつも、不安は消えるどころか膨張していく。
「っ!」
望美はたまらず寝床から飛び起きた。
――――確かめなければ。
それからの望美の行動は早かった。
寝巻きのままそっと滑るように廊下を駆け出すと、屋敷の奥、譲が寝ているであろう部屋を目指した。
譲くんはいる。
寝ているに違いない。
祈るような気持ちで望美は物音ひとつ立てず、件の部屋に忍び込んだ。
梶原邸は広さにかけては事欠かない。
頼りなげな月明かりに、部屋の真ん中の人物が照らし出される。
望美は恐る恐るその人物の顔を覗き込んだ。
――――いた。
眼鏡をはずし、仰向けで寝ているのは、紛れもなく譲だった。
「良かった・・・」
今までの不安を全部吐き出すように、望美は大きく息をついた。
悪夢にうなされているといっていたが、運命が変わって、悪夢も消えたのだろうか。彼の寝顔は実に安らかだった。
あまりに静かなので再度心配になった望美だったが、きちんと胸が上下している。
今度こそ安堵のため息が漏れた。
やっぱり夢じゃなかった。
思わず涙がにじんだ。
「譲くん・・・」
望美はそっと譲の頬に触れた。
あたたかい。
血の通っている証拠。
それがとてつもなく尊いことのように思えた。
素直に、譲が生きていてくれることへの喜びで満たされている。
「本当に良かった・・・」
かみ締めるようにそう呟くと、望美はためらいもなく譲の頬に唇を落とした。
「・・・おやすみ、譲くん」