一緒に歩こう
「ええと・・・これで頼まれたものは全部かな?」
メモ用紙とかごの中身を確認して、私は一つうなずいた。
珍しく早く家に帰った私は、家に着いたとたん買い物を頼まれて、近くのスーパーに来ていた。
牛乳に砂糖にオリーブオイル・・・重いものが取り揃えられているのは、母の陰謀だろうか。
よろよろと頼まれたもの全部レジに持ち込んで会計を済ませる。
いっぱい詰まった袋を二つ、これから十五分歩いて持って帰らねばならない。
「が、頑張れ、私・・・」
思わず自分にエールを送ってから、私は気合を入れて袋を両手に持った。
や、やっぱり重い・・・。
「し、仕方ない。けど・・・」
一つくらいしらばっくれて買い忘れれば良かった、なんて思ってももう遅い。
たまには早めに帰って休もうと思ってしまった私に対する罰なんだと、もうそんな風に思わなければくじけてしまいそうだった。
「わわ、赤信号だった」
あわてて踏みとどまると、その反動で買い物袋が激しく揺れた。
「いたた」
手にビニール袋が食い込んで痛い。
痛いからといって、ここで手を離せば荷物が散乱することは明らかだった。
何とか持つところをずらして、痛みに耐えていると・・・・・・。
「日野さん!」
不意に名前の名前を呼ばれてはっとしたときには、手にかかる負担が一気に軽くなった。
「え?」
驚く私の目の前には・・・。
「大丈夫だった?」
心配そうに私の様子を伺う王崎先輩の顔があった。
「こんなに重いもの、一人で持とうなんて、無茶だよ」
「ご、ごめんなさい。荷物!」
急に軽くなったのは、先輩が荷物を持ってくれたからだったんだ!
私は申し訳なくて、荷物を受け取ろうと手を伸ばしたが、先輩は首を振った。
「運ぶの手伝うよ。一人では大変だからね」
「でも、先輩。これからオケ部に行くじゃないんですか?」
「それは遅くなっても構わないから。ほら、もう一つの荷物、貸して?」
片方だけでなく、両方の手にかかっていた負担を全部引き受けようとしている王崎先輩のお言葉に、私はあわてて首を振る。
「い、いえ! 本当に重いんです。一つ持ってもらっているだけでも申し訳ないのに・・・」
「おれは大丈夫だよ。こう見えても、荷物持ちは慣れているんだ」
先輩は軽々と荷物を受け取ると、信号が青に変わったのと同時に歩き出した。
恐縮しながら、私はそのあとを追う。
そして、
「せめて片方持たせてください」
先輩が左手に持っていたスーパーの袋の、一つの持ち手を掴んだ。
よほど私の顔が必死だったのだろうか。
先輩は軽く目を見開いてから、すぐに温かく微笑んだ。
「そう? じゃあ、お願いしようかな」
「はい」
先輩と片方ずつビニール袋の持ち手を持って、家路を行く。
先輩はこれからオケ部へ行かなければならないのだから、急いで歩いたほうが良いのは決まっている。
だけど、こうして並んで歩くことが嬉しかった。
急いで歩いてしまうのがもったいないくらい。
――――スーパーから家までの距離が、もっと長ければ良かったのに。
迷惑をかけているのに、そんなことを思ってしまう。
「日野さん?」
「は、はい」
ぼうっとしすぎて隣の先輩が声を掛けてきたことに、思いのほか大きな声を出してしまった。
「どうしたの?」
不思議そうな顔をしている先輩に、ぶんぶんと首を振る。
「いえ、何でもないです。あ、何か・・・?」
「ううん、大した事ではないんだけどね」
牛乳と砂糖と野菜が詰められた荷物を、嫌な顔一つせず引き受けてくれた先輩は、私のほうを見ていつもの穏やかな調子で続けた。
「こうして並んで歩くのもいいね」
「え?」
私が見上げると、先輩は知的な光をたたえた目を細めた。
「おれがもしまだ高校生だったら、こうして一緒に学校から帰ることもあるんだろうなって思ったんだ」
「そうですね」
もしそんな状況になったら、どんなに嬉しいだろうか。
帰り道だけじゃなく、行くときも時間を合わせて登校したり、どこかに寄り道してみたり。
考えただけで心が躍った。
「きっと、楽しいですね」
素直にそう思った。
先輩は私の言葉にうなずいてくれた。
「そうだね。おれもそう思う」
それからお互い何も言わず、歩き続けた。
自然と歩調がゆっくりになっているのは気のせいじゃない。
高校生の先輩と私。
並んで歩いている姿を思い浮かべると、温かい気持ちになった。
「あ・・・」
楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまう。
角を曲がって見慣れた家が見えてくると、とたんに足が重くなった。
でも、立ち止まっては先輩の迷惑になる。
玄関の前に立ち止まると、先輩が心配そうに荷物を差し出してきた。
「大丈夫? 家の中まで持っていこうか?」
「いえ、本当にそこまでしてもらっては申し訳ないので」
私は手にかかる重みを無視して、思い切ってこう切り出した。
「時間が合えば、また一緒に歩いてもらえますか? 今度は荷物持ちはさせませんから」
私にとっては決死の一言だったのに、先輩のほうはためらう様子は一切なかった。
「うん、おれは荷物持ちでも構わないけどね」
それじゃあ、と言って先輩は学校に向かっていった。
その背中が見えなくなるまで見送りながら、大学生の先輩と今の私が並んで歩いている姿を思い浮かべ、私は顔が熱くなるのを感じていた。