風に誘われて
「レイン! オートモービル三台分のチョコレートもらったって、本当!?」
ノックもなしに、部屋に入ってくるなりアンジェリークがそんなことを言い出したので、中で本を読んでいたレインは目を丸くした。
「何だ、いきなり・・・」
「だって、さっき陽だまり邸にチョコレートを積んだオートモービルがやってきていたって、ジェイドさんに聞いて・・・!」
それはレイン宛てではなかったのか。
もしもそうなんだとしたら・・・。
そう思ったら、キッチンにいることなどできなかった。
慌てて息を切らせているアンジェリークに面食らっていたレインだったが。
「ぶっ!」
次の瞬間、思い切り噴き出したので、今度はアンジェリークが驚く番となった。
「なっ、どうして笑うの?」
「だって・・・。ああ、そうか、悪い。説明しないとな。さっきのオートモービルは、あれはニクス当てのチョコレートだぜ」
「え?」
ニクスさんの?
そう言ったきり凍りつくアンジェリークに、レインは笑いをこらえながら続ける。
「ああ。あいつも顔が広いからな。メルローズの生徒からも相当送られてきているらしい」
「そうなの!?」
「らしいぜ。とはいえ、そんな膨大な量を食べきれるはずもないから、送り主を確認したら、福祉施設に寄付するらしいけどな」
レイン宛てではなかった。
それを知ったとたん、アンジェリークの体から、一気に力が抜けていった。
「お、おい、大丈夫か?」
レインが心配して差し伸べてくれた手に、何とかすがって立ち上がる。
「そうだったの・・・! 私ったら、てっきり・・・」
「オレ当てだと思って、嫉妬した?」
「ええ・・・」
うなずいてから気づいた。
自分がとんでもないことを認めたことに。
そして、目の前のレインは満足そうに満面の笑みを浮かべていた。
「あ・・・あの、それは、その・・・」
言い淀むアンジェリークに、さり気ない様子でレインは二人の距離を一歩縮める。
とった手を離さないまま、じっとアンジェリークの目を見つめた。
「なあ、そろそろ良いんじゃないか?」
「え?」
「・・・お前は、どうなんだ? まだ、かかりそうなのか?」
恭しくレインがアンジェリークの手を、自分の唇に近付ける。
ほんのりと甘い匂いがしたことに、レインはどこかほっとした表情を浮かべた。
「作って、いてくれたんじゃないのか? オレへのプレゼント」
「そ、それは・・・!」
どうしてばれたのだろう、と顔を赤くするアンジェリーク。
朝から、ジェイドの指南の元、初めてチョコレート味のマカロンを作っていたのだ。
初めて作るスイーツに手を焼きつつも、楽しみながら調理しているところだった。
あとは焼きあがるのを待つばかり。
「レイン、気づいていたの?」
「ああ。キッチンで何かやっていればな。だが、もしオレへのプレゼントじゃなければ、と考えると、結構不安にもなったんだぜ」
流れるような動作で、レインはアンジェリークを抱きしめる。
「だから、本を読んでいるのに、さっきからちっとも進まない。内容が全然頭に入ってこなくて困っていたんだ。もう待てない」
「レインたら。子供みたい」
くすりと笑みをこぼしたアンジェリークは、それではとレインに問いかける。
「どうしたら、待っていてくれる?」
「そうだな・・・」
すっとレインの顔が近づいてきたかと思うと、あっという間に口付けを落とされる。
「レイン!?」
「これで少し我慢できるかな」
ぽんとアンジェリークの頭を叩くと、レインは再び先ほど座っていた椅子に戻る。
レインがにやりと笑ったところで、アンジェリークはぷうと頬を膨らませた。
「もう、レインたら・・・」
膨れつつも、もう言葉の終わりのほうでは、表情は笑みに変わっている。
「もう少し、待っていてね」
「ああ、期待している」
ほっとして、でも心はまだ全然落ち着いていない。
それはアンジェリークだけでなく、レインも同じだ。
二人で顔を見合わせてから、再びアンジェリークは階下のキッチンへと急いだ。
ちょうど、甘い匂いが風に運ばれて陽だまり邸を駆け抜けていた。