家族







「こ、これは・・・」

 帰ってきた走司さんは玄関から中を見渡して目を丸くした。

「は、ははは・・・」

 それはそうだろう。
 私だってこの状況にはまだ驚いているんだから。
 先日、私のお腹に赤ちゃんがいることが分かり、青柳のお屋敷へ報告に行ったからだよね・・・この状況は。

「ベビーカーにおしゃぶり、涎掛け、ベビー服・・・」

 近くに積まれた品々をしみじみ眺めながら、それらに占領されて足場の少なくなった廊下を歩いてきた走司さんは、さらに部屋の入り口で足を止める。

「あはは・・・幼児用の滑り台やジャングルジムもあるんだよ。ちなみに押入れにはオムツがぎっちり、キッチンの戸棚にはミルクの缶ががっつり入っているんだ」

 私は衝撃から時間が経っているため、ちょっとは落ち着きを取り戻しつつあった。
 ・・・・・・ちょっとは。

「あ、はは・・・」

 私がうつろな様子で笑っていると、走司さんはやっとのことで私の隣に座った。

「これ、どうしたの?」

「あのね、この部屋にあるものがお父様から、玄関から廊下にあるものが義兄さんから送られてきたものなの」

「父さんと義兄さんから?」

「う、うん・・・」

 多分、私が妊娠したって報告したからなんだろうけど。
 それにしたって、この量は・・・。
 図ったように、同じ日に義父と義兄から荷物が届くあたり、間違いなく同じ血を引く親子だと思う。
 しかも中身がまったくかぶってないって凄くない?
 もしかして打ち合わせしていたとか?
 配送会社のお兄さんたちが次々と荷物を運び入れているのを、私はそのとき、呆然と見守ることしか出来なかった。

「送り主が分からなかったんだけど、吉岡さんに電話したら、やっぱりあのお二人からだったみたいで。二人ともお仕事でお屋敷にはいらっしゃらなかったから、直接お礼はまだ言えていないんだけど・・・」

「あの二人が・・・」

「うん」

 走司さんは改めて室内を見渡した。
 最初に一緒に住み始めた、六畳一間の古いアパートよりは広いところに引っ越していたけど、それでもこの荷物の前ではやっぱり狭い空間に思えてしまう。
 荷物がないのは私たちの寝室だけだ。
 整理しようと試みたものの、出来たことといえばオムツとミルクの整理と、後は中身のチェックくらいだ。
 全部中身を確認したら、そこで力尽きてしまった。
 でも、驚きが過ぎてみれば、とても嬉しい気持ちが膨らんでいった。
 だって、それだけ赤ちゃんが出来たことを祝福してくれているってことだから。
 と、同時にちょっと照れくさい気もする。
 一緒に部屋の中を眺めていた私の隣で、急に走司さんが笑い始めた。

「あははは! これは凄いな。ははは!」

「そ、走司さん?」

 普段大笑いすることなんてめったにない走司さんが、思いっきりお腹を抱えて笑っている。
 この荷物よりもそっちのほうが驚きだ。

「ど、どうしたの? 急に・・・」

「ご、ごめんごめん・・・ふふ・・・でも、笑いが止まらなくて」

 涙まで浮かべて思い切り笑ってから、何を思ったのか走司さんは私の肩を抱き寄せた。

「・・・あの二人が、こんなに子ども好きだったとは知らなかったよ。前はずっと、家族なんて意識していないみたいな人たちだと思っていたから」

「あ・・・」

 今でこそ仲の良い走司さんの家族だが、私たちが出会った頃は重く、暗い関係にあった。
 勘違いから私たちは殺されかけもした。
 でも、それがいい思い出として記憶の中に残るくらい、今はとても良い関係を築けている。
 相変わらず義兄さんは時間を作ってこっそりライブに顔を出しているし、この間なんてお父様までいらっしゃって、そんなことを知らなかった走司さんは、ライブ後の楽屋で目を丸くしていた。
 その顔がとても嬉しそうだったのを、私はよく覚えている。

「お前のおかげ、かな」

「え?」

 走司さんは私を腕の中に収めた。

「お前と出会ってから、本当に色々なことが変わっていった。お前がいなかったら、きっとあの二人とだって冷え切った関係のままだったと思う。もしかしたら、俺はもうこの世にいなかったかもしれないな」

「そ、そんな、大げさだよ」

 優しいぬくもりに甘えながら私は吹き出したのだけれど、走司さんの言葉は真剣だった。

「いや。最近になってますます思うんだ。お前が俺をいつも導いてくれている。俺にはお前がいないとダメなんだって」

「走司さん・・・」

 私は嬉しくて走司さんにしがみついた。

「私だって、走司さんと出会えて本当に幸せ。色々あったけど、走司さんが一緒にいてくれたから、全部乗り越えられたんだよ」

 私の左手の薬指には、彼からの指輪がはめられている。
 ただの女子大生だった私が、大好きなバンドの仲間に入れて、しかもメンバーと結婚しちゃう、なんて、どこまで夢みたいな話なんだろう。
 恋愛小説のストーリーだったらあり得るのかもしれないけれど、現実にある話で、しかも自分がその当事者っていうのがますます信じられない。
 でも。
 私はぎゅっと走司さんの背中に回した腕に力を込めた。
 温かい彼の体温。
 心地良いリズムを刻む彼の鼓動。
 彼のすべてがいとおしくて、きっと信じて一緒に行けば、何もかも幸せだと思った。

「・・・ありがとう」

 走司さんの腕の力が強まった。
 が、それも一瞬で。

「・・・とりあえず、この部屋どうにかしてからにしようか」

「あ・・・」

 すっかり忘れていた。
 急に現実に引き戻されたのだが、何故か私にはそれがおかしかった。

「ふふふ」

「ん?」

 笑いが止まらない。
 何もかもが面白い。
 最初走司さんは不思議そうな顔をしていたけれど、すぐに私と同じ表情になった。

「やっぱり、法子が笑ってくれているのが一番だ」

「私だって、走司さんが笑ってくれるのが幸せよ」

 好きな人と一緒に笑いあっている。
 それがこんなに幸せなんて。

「父さんや義兄さんたちの好意のためにも、元気な赤ちゃんを産んでくれよ。あ、勿論俺のためにも」

「ふふ。了解です」

 彼氏にフラれて、私は人生のどん底にいるんだわと泣いていた日が懐かしい。
 私は幸せの絶頂にいる。
 ・・・ううん、違う。
 これからもっともっと、幸せになっていくんだ。
 私たち、二人で。

「大好きよ」

 私の不意打ちキスに、走司さんは瞠目した。

「何か、一緒に片付けするって、初めての共同作業って感じだね」

「・・・多分それ、ちょっと違うぞ」

 私の突発的な行動に驚いたことを隠すように、走司さんは近くにあった箱を運び始めた。
 次々と箱を運ぶ走司さん。
 黙々と箱を運ぶ。

「箱を運ぶ・・・」

「そんなにアピールしなくても、分かったから」

 冷静な突っ込みありがとう、走司さん。

「やっぱり私にはあなたが一番だよ、走司さん!」

「うわ!」

 嬉しさのあまり飛びつくと、これまた不意打ちだったのだろう。
受け止め切れなかった走司さんもろとも、二人して倒れこんでしまった。

 ――――直後、身重なんだから体を労われと、本気で走司さんに怒られた。





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