これから紡ぐ2人の未来




「全く、お前の思考は分からん」


 はあ、と執務用の机に頬杖ついたタナッセは、大仰にため息をついた。
 いかにもしかめつらしい表情が彼らしい。


 外はからりと晴れているのに、憂鬱そうなタナッセの様子。
 それがいつものことであったので、私はいつものように彼の執務を手伝いながら、何度でも同じ答えを返す。


「まだ言っているの? 私があなたを好きになったことがそんなにおかしい?」

「ああ。おかしい。まったくもって限りなくな。まずその口調だ。王候補として城に暮らしていた時は、もっとぶっきらぼうな口調だっただろう。それがいつの間にか女らしくなって」

「女を選んだのだから、自然とそうなったのでしょう。それともあなたは私に男を選んでほしかったというの?」

「べ・・・別にそんなことは言っていない」


 ふんと鼻を鳴らして、タナッセはそっぽを向いてしまった。
 これもいつものことだ。
 私は近くにあった資料用の書物を本棚に返しながら、こっそりと嘆息する。


 無事に王の選定が終わり、私は額に持っていた王の資格を捨てて、タナッセと共に故郷の村の近くの領地で新しい生活を始めたところだ。
 新しい領地を得たタナッセは、領主としての仕事をこなそうと勉強の日々だ。
 それを補佐する私も同じようなものだ。


 幸いなことに、領民は大方私たちを歓迎してくれている。
 城の陰鬱とした空気にさらされなくなったせいか、タナッセはそわそわ落ち着かないようだ。


 生まれてから彼は、常に貴族たちの陰口にさらされていたせいで、それが当たり前となっている。
 そんな感覚では、陰口どころか「前国王の王子がわざわざこの領地を治めに来てくれた」と喜ぶこの地の人々の歓迎ぶりは、彼にとってまだ戸惑いが強いのだろう。


「別に私は前の口調に戻っても良いけれどな。お前が落ち着くなら・・・」

「いや、それは駄目だ」


 思いの外強い抵抗があったことに、私はびっくりした。


「お・・・お前は、領主の妻だ。それなりの礼儀は身につけておかねば、領民に示しがつかん」

「このしゃべり方が気に食わないと言ったのは、あなたのほうでしょう」

「別に気に食わないとは言っていない」


 つまりは、そのままで良いということか。
 分かっていたが、相変わらず自分の感情をコントロールするのが苦手のようだ。


「全く、何なんだ。あんな田舎くさい子どもが、成人したとたんこんな・・・」

「こんな?」

「いい! 聞き流せ!」


 何なんだか。
 タナッセはぷりぷりした様子で、席を立った。
 穏やか過ぎる田舎のこの雰囲気が、まだ彼にとってはこそばゆいのだろう。
 一年だけとはいえ、城での生活を体験した私にとっては、城でのあの殺伐としたやり取りのほうが慣れなかったのだが。


 いつか、タナッセがこの穏やかな日々を受け入れて、そして少しでも幸せを感じてくれれば良いと思う。
 今の私のように。


「レハト」

「え?」


 不意に近くから声がしたかと思うと、いつの間にかタナッセが私の隣に立っていた。


「何?」

「あ・・・いや・・・」


 戸惑いがちにしながらも、彼は私の手を握る。


「もう少し・・・時間が欲しい。そうしたら、お前を幸せにする余裕も出るから」


 ・・・この人はもう。
 大真面目に何を言っているのだろう。
 だって私はもう。


「今、こうしてあなたの隣にいるだけで幸せよ」


 ぎゅっとタナッセの手を握り返す。
 王城にいた時には、こんなことさえできるようになるとは思わなかったのだ。


 大嫌いだった。
 憎いとさえ思った。
 それは向こうも同じはずだったのに。


「私はそれくらい、タナッセが好きなの」

「っ、お前は・・・!」


 タナッセは何か言いかけたが、結局真っ赤になった顔を背けてしまった。
 彼の言う通り、もう少し時間が必要みたいだ。


 だが、時間はたくさんある。
 ゆっくり紡いでいけばいいのだ。
 私たちの、幸せな人生を、共に――――







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