今年も、来年も、その先も




「静、こっちや!」


 手を引かれるまま、私は蔵ノ介さんの後を必死に追っていた。


 今日は大晦日。
 しかももうすぐ日付も変わろうかという時間帯だ。


 私達と同じように、大切な人とこの時を過ごそうとしているカップルや親子連れの家族で、街は人であふれている。
 新しい年を迎えようとしているからか、みんなどこか浮足立っているような気がする。


 ――――私達も、あんなふうに幸せそうに見えるのかなあ。
 仲睦マジそうなカップルを見て、そんな風にぼんやり考えていたのがいけなかった。


「きゃっ!」


 向かいから来た若い男の人と肩がぶつかってしまった。


「すみません!」


 慌てて謝ると、その人は笑いながら許してくれたけれど、やっぱり恥ずかしい。


「大丈夫か?」


 すぐに蔵ノ介さんが声をかけてくれる。


「大丈夫です。すみません。ちょっとぼーっとしていて」

「いや、俺も急ぎ過ぎてたわ。も少しゆっくりいこか」

「!」


 蔵ノ介さんは、そう言って私の肩を抱き寄せた。


「くっついとったら、ぶつかることもないやろ?」


 真っ赤になった私に、にっこりと素敵な笑顔を見せてくれる。
 密着したところから感じる体温と相まって、さらに私は頭が真っ白になった。


「寒くないか?」

「いえ、大丈夫です」

「そうか? 俺は寒いなあ」


 寒い寒いと言いながら、蔵ノ介さんは力いっぱい私を抱き寄せる。


「そ、そんなにくっ付かれたら、倒れそうです」

「ええよ。倒れてきてもばっちり受け止めたるから。ほら、ぎゅーっ」

「ひゃっ、ちょっ・・・! ホントに転びます」

「ははっ!」


 ふざけ合いながら、私達は近くの神社へとたどり着いた。
 蔵ノ介さんからの提案で、二年参りに来たのだけれど、はじめてくる神社には結構な人が集まっていた。
 社殿の前には火がたかれており、外灯とは違った明るさで集まった人たちを照らしている。


「おー、結構な時間やな」


 言われて時計を見ると、確かにもう少しで日付が変わろうとしていた。


「静、こっち」


 蔵ノ介さんは人の波を抜けて、社殿とは少し離れたところに私を導いた。
 灯りが遠くなったそこは、うっそうと木が立ち並んでいて、少しだけ怖い感じもした。


 どうやらそれが自然と行動に出ていたみたい。
 無意識のうちに、ぎゅっと蔵ノ介さんの腕を掴んでいた。


「全く、ホンマ可愛くてしゃーないわ」


 くすりと笑われて、はっとした。


「す、すみません!」

「ん? 何で謝るんや。別に謝る必要はないで。俺も同じことしよ思うとったんやから」

「え?」


 ふわりと蔵ノ介さんの顔が近づいたかと思うと。


「――――!」


 目の前で優しく微笑んでから、そっと口付けられた。
 びっくりして反射的に身を引きかけた私の動きを予知していたのか、蔵ノ介さんの腕が私の身を捕らえて離さない。


 いつもより長いそれの合間に、遠くから人の歓声が湧きあがった。
 きっと年が明けたんだろうと、妙に冷静に思ったところで、蔵ノ介さんの唇が離れていった。


「あっ・・・!」


 唇が離れたとはいえ、息のかかるところにまだ蔵ノ介さんの顔がある。
 かっと頬に熱が集まったのが、自分でも分かった。
 すると、蔵ノ介さんも珍しく照れくさそうに笑った。


「・・・ずっと、これ狙っていたゆうたら、自分笑うか?」

「え?」

「だからな、年が変わるときにキスしたかってん。来年もその先も、ずっと一緒におられるように、な」


 そう言った蔵ノ介さんが、凄く凄く可愛く思えた。
 思ったとたんに行動していた。
 ちょっとだけ震えながら、私は蔵ノ介さんの首に手を伸ばしていた。


「しず・・・!」


 蔵ノ介さんの言葉を遮って、背伸びをして私から唇を重ねた。


「あの・・・嬉しいです。そんなに思ってもらえて・・・」


 すぐに唇を離してしまったけれど、多分今の思いは伝えられたと思う。


「・・・・・・」


 しばし呆然としていた蔵ノ介さんは、


「あ、アカン・・・どないしよ」


 真っ赤になって頭を抱え出した。


「自分、こんなん反則やん。完全に俺の心持ってかれたわ。何やねん、こんなに幸せで罰とかあたらへんよな。夢みたいで信じられん」

「大丈夫です。夢じゃないですよ」

「ううっ、この。静が悪い」

「えっ! ちょ・・・」


 何故かとっても恨めしそうな顔で、蔵ノ介さんは私の頬を摘まんだ。


「この、静のせいや。こないドキドキさせて、ホンマ悪いやっちゃ」

「ひゃっ! ほっぺたつねらないで下さい!」

「いーや、いやや。はなさへん。静は思いしったらええねん」


 散々ぷにぷにと私のほっぺたを摘まんだ蔵ノ介さんの手が、突然頬に添えられて。


「っ!」


 乱暴に唇を奪われた。
 息も漏らさぬほど、時々角度を変えながら、熱く続くそれに今度こそ思考が停止した。


「逃がさへんで、静。絶対離さへん」


 キスの合間に聞こえた甘い囁きは、私の気のせいだろうか。
 蔵ノ介さんの気が済むまで続けられ、ようやく解放されたときには、すっかり力が抜けてしまった。


「どうや、思い知ったか? ゆうとくけど、俺の気持ちはこんなもんじゃおさまらへんからな」

「う・・・はい」

「ん。まあ、残りはこれからゆーっくりじーっくり教えたるから、覚悟しとき」


 蔵ノ介さんは、力の入らぬ私の体をぎゅっと抱きしめながら、どこかしてやったりといった表情をした。


「も、もう・・・」

「何や。文句があったら反撃してもええよ。静は毎回不意打ちやから反則やねん。でも、そしたらまた俺が仕返しするけどな」


 くすくすと笑う蔵ノ介さんの向こうでは、次々と集まった人たちがお参りをして帰って行く。
 たくさんの願いの中で、神様は私の願いも聞いてくれるだろうか。


 ――――どうか、蔵ノ介さんとこれからも一緒にいられますように。


 今年初めての蔵ノ介さんのぬくもりを感じながら、私は心の中で静かにそう祈っていた。










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