まどろみ




「ん・・・?」


 外はようやく白み始めてきたところだ。
 まだまだ朝のまどろみの中にいた私は、隣のぬくもりに誘われるように目を覚ました。


「目が覚めましたか?」


 寝ぼけている私の耳に、優しげな声が降りかかる。
 その声の主が誰なのかすぐに分かったので、無意識のうちに笑みを浮かべていた。


「はい。おはようございます、悟浄」


 天竺での経典の解放を終えた後、私は悟浄とともに故郷へと戻ってきていた。
 今は同じ屋根の下で暮らしている。
 悟浄は警吏の仕事に復職し、旅を続ける前と同じ生活に戻った。
 私は寺院に戻るかどうか迷いもしたけれど、やはり悟浄と離れるのは嫌だという思いのほうが強く、今の状況に至っている。


「まだ寝ていてもかまいませんよ。いつもより早い時間ですから」


「でも、悟浄はもう起きるのでしょう? でしたら私も起きます」


「無理なさらなくても良いのですよ。俺は少し外で剣の鍛錬をしてきますから」


「いいえ」


 悟浄が私を気遣ってくれるのはいつもありがたい。
 でも、独りでまだ寝ていることなんてできない。
 だって。


「悟浄がいなくなってしまった寝台は冷たくて、とても寝ていられませんから」


 その言葉に、悟浄は目を見開いた。
 しばし驚きに硬直していたものの、すぐに彼の口元には笑みが戻った。


「玄奘・・・」


 そっと悟浄の腕が伸びてきて、私を優しく抱きしめた。


「・・・俺は、あなたといると寝坊になりそうです」


「悟浄は早すぎなのです。せめて朝日が覗いてからでも罰は当たらないと思いますよ」


「では、そのお言葉に甘えさせていただきます」


 ぎゅっと悟浄の腕の力が強まる。


「寒く、ないですか?」


「大丈夫です。悟浄がとても温かいですから」


 私と同じ温かさを返してあげたくて、私もぎゅっと悟浄を抱く。
 ――――ちょっと、大胆なことをしているだろうか。
 ふと気になって顔を上げると、左右色の違う目が優しく私を見下ろしていた。


「っ!」


 目が合っただけで、一気に鼓動が速まる。
 一緒に住み始めたとはいえ、こればかりは一向に慣れそうになかった。
 思わず目をそらそうとした私の頬に、それより早く悟浄の手が添えられた。
 そして。


「俺は三国一の幸せ者です。こんなに素晴らしい伴侶を得たのですから」


 言うが早いか、私の返事を待たないままに、悟浄は私に口づけを落とした。


「ご、悟浄・・・! こんな朝っぱらから・・・」


「すみません。少し寝ぼけていたみたいです」


 悪びれた風もなくそう言う悟浄が、何だかまぶしく見える。
 確認するまでもない。
 悟浄は間違いなく今、心の底から幸せを感じてくれている。
 私と一緒の、この生活に。
 罪悪感も義務感もなく、彼の意志で選んだこの生活が幸せだと思ってくれることが、何より私の幸せだ。


「悟浄、あなたが寝ぼけているなら、私も寝ぼけますね」


「え?」


 驚く悟浄の唇を奪って。
 私は朝のひとときにこれ以上ない安らぎを感じていた。







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