目が覚めて


「んん・・・」

 なんだろう。
 この懐かしい感じ。
 夢からゆっくりと現実に戻っていく倦怠感を感じながら、私は寝返りをうとうとして、ふと気づく。
 あれ?
 何か、前にもなかったっけ? こんなこと。
 そうそう。
 確かあれは歓迎会の後で、酔いつぶれた私は、目を覚ましてみると目の前に裸メガネがいて・・・。
 懐かしいなあ、なんて思いながらゆっくりまぶたを開けると・・・。

「おはよう、お嬢さん」

 にっこりと笑う裸メガネ。
 一瞬の空白があって。

「ぎゃーっ!」

 と叫びかけた私の口を、ミックさんが慌ててその大きな手で塞ぐ。

「まったく、相変わらずだな、君は」

 やれやれといった感じでミックさんは首を振る。
 いや、本人は気づいていないだろうが、目が覚めて最初に目に映るのが裸メガネというのは、かなりの衝撃が伴うものなのだ。
 しかもミックさんみたいないい男なら。
 なんて。きゃ、言っちゃった。言い過ぎじゃないよね。

「あのね、全部聞こえているからね。一応」

「えっ、うそ!? 超能力ですか?」

「自分で口に出していただろう」

 私は心の中で思っていたことを言葉に出してしまう癖があるらしい。
 気をつけないと・・・。
 それにしても、やっぱりミックさんの突っ込みは良いなあ。

「それはどうも」

「あ」

 私は口を両手で押さえた。
 その姿が面白かったのだろう。
 彼がふっと笑みを見せた。

「本当に、相変わらず可愛い」

 長い指が私の髪の毛に絡みつく。
 髪の毛一本一本に意識が言ってしまう。
 こんなにどきどきするのは久しぶりな気がする。

「あの、私、一体・・・?」

「ん? 覚えていないのか。明日でツアーも最後だろ。それでメンバーと岸部さんとで飲みに行ったんじゃないか」

「あー・・・」

 ゆっくりと記憶が戻ってくる。
 そうだ。
 明日で長かったツアーも最後を迎える。
 地方のライブハウスに来てくれるお客さんたちはみんな優しくて、どこの土地でも私たちを暖かく迎え入れてくれた。
 私たちは愛されているんだって、凄く実感できたのがとても嬉しい。
 しかも、ファンの中では私のことが結構話題になっているみたいで、友達からひっきりなしに電話やメールが来ている。
 そりゃそうだよね。
 ツアー初日のステージ上で、ミックさんが私のことを「嫁さん」発言したんだから。
 今思い出しても恥ずかしい。
 それ以上に嬉しいんだけどね。
 ファンの間では色々言われているみたいだけど、おおむね温かく受け入れられているらしい。
「あんた、これがシュウとだったらファンに殺されてるよ」
 なんて言われたけど、どういう意味だろう。
 ミックさんは凄く格好いいのに。

「いや、嬉しいんだけど、それはもう良いから」

「ご、ごめんなさい」

 気を抜くとすぐこれだ。
 私は慌てて話題を変えた。

「え、えーと、今何時?」

「さあ。たぶん日付が変わるくらいじゃないか?」

「そう・・・みんなは?」

「部屋に戻っていると思うよ。明日もあるからね」

「えと・・・ミックさんは?」

 そういえば、何でミックさんがここにいるの?

「何でだと思う?」

 あ! また読まれた。

「いや、読んだんじゃなくて、君が口に出しているから」

「と、とにかく、何でミックさんが裸で私とベッドで寝ているんですか!」

 いくらミックさんが裸メガネだとしても、

「いや、勝手に決めるなよ」

 でも、やっぱり一緒に寝ているのはおかしいよね。

「君が酔いつぶれたから運んできたんだけど?」

「でも、裸・・・」

「ああ、だってこれから寝るんだから、構わないだろ」

「ここで!?」

 いつもは個人の部屋が用意されているので、それぞれ休んでいるのだが、どうして今日になって・・・。

「分からない?」

「は、はい」

「フフ・・・」

 ミックさんは私を引き寄せると、そっと耳元でささやいた。

「明日でツアーは終わりだろ? 明日は家に帰らなければならなくて、二人きりの夜は今日までだから、一緒に寝たいんだけど」

「っ!?」

 低く甘い声が私の胸を高鳴らせる。
 一緒に寝たいって。
 確かにあの家の中には人が多くて、二人きりの夜、なんてシチュエーションはないだろうけど。
 ・・・でも、それってただ寝るだけでは・・・その、すまない、よね? この流れ的に。
 私の心の中の言葉がまた読まれたのか、ミックさんのメガネの奥の目がきらりと光った。

「あ、あのっ・・・」

 ベッドを出ようとした私だったが、逆に姿勢をずらされて動けなくなってしまった。
 裸メガネが私を見下ろしている。

「ダメ。逃がさないよ」

 笑っているのに、言葉には「ノー」を許さないような、強い響きがあった。
 怖いくらいぞくぞくする。
 私の脳裏に、賢さんの声が不意に蘇った。

「千鶴坊ちゃんとハネムーンを楽しんできてください」

 わー! わー! わー!
 馬鹿馬鹿!
 こんなときに思い出さなくても良いじゃない!
 ぶんぶんと首を振っていると、ミックさんが顔を近づけてきた。

「うーん。残念だけど、君に選択肢はないよ。今夜ばかりは、嫌がってもやめる気ないから」

「え? あ、あの、そういう意味じゃ・・・」

「うん?」

 言葉を発しようとした私の唇は、そっと優しく塞がれてしまった。

「・・・・・・っ!」

 うわ、ダメだ。流されちゃう・・・。
 互いの熱が唇を通して交わされる。
 吐息を分け合って、それでもまだ足りなくて相手のことが欲しいと思う。
 やっぱりこの人、凄くキスが上手い。
 どこかで誰かと練習したのかな・・・・・・ううっ、あんまり考えないようにしよう。
 私は知らないうちにミックさんの首に腕を絡めていた。

「うん、いい子だね」

 ぬれた唇で彼はそんなことを言った。
 普段からだっていい男だとは思うけれど、こんなときだからかな。
 とても色っぽく見える。

「ありがと。それじゃ、君に一つだけ選択させてあげよう」

「え?」

 ミックさんはそっと私の首筋に手を滑らせながら、

「君はオレに脱がされるのと自分で脱ぐの、どっちが良い?」

「なっ・・・!!」

 驚きと恥ずかしさのあまり言葉が出てこない私を、ミックさんは声を立てて笑った。
 か、からかわれた!?

「もう!」

 反論しようと口を開きかける。
 だけど、その前に彼の手がさらに動いて・・・。

「あ・・・」

 徐々に近づいてくる彼に、すべての言葉を失った私はすべてを委ねた。





back