2度目の正直



 テニス部合同の学園祭の準備は、各学校、各所で着々と進んでいた。
 ここ、山吹中テニス部のもんじゃ焼き屋も例外ではない。


「ふう。屋台の飾り付けも、ここで一休みしよか」


 炎天下の中、玉の汗を浮かべながら、蔵ノ介さんが私にそう声を掛けてきた。
 屋台の奥は、まだ冷房機器を入れていないので、外以上の暑さがある。
 私も額の汗を拭い、備品のチェックの手を止めて、蔵ノ介さんのほうに向き直る。


「そうですね。あら、もうお昼ですね」


 時計を見ると、いつの間にか正午が過ぎていた。


「ほな、お昼にしよか。食堂やろ?」

「あの…」


 会場内の食堂に向かおうとしている蔵ノ介さんを、私はかなり控えめに呼び止めた。


「今日は、食堂じゃなくて、別のところでおひるにしませんか?」

「え? まあ、ええけど。何食べるん?」


 当然の質問に、私の胸はどきりと高鳴る。
 一瞬声を詰まらせてから、私は思い切って、近くの影に置いておいたランチボックスを取り出した。
 熱を遮断する銀色の入れ物を見ただけでは、蔵ノ介さんも中身がわからなかったようだが、そこからお弁当箱を出した途端、目の色が変わった。


「そっ、それは、まさか…!?」

「ええ、あの…お弁当です…」


 蔵ノ介さんは大阪から特別参加として、山吹の応援に来ている。


「何や最近外食ばかりでな。まあ、うちを離れとるからしゃあないんやけど」


 いつだったか、そんな愚痴を口にしていた。
 それが気になっていて、思い切って作ってみたものの…。


「お口に合うかは分からないんですが…」

「合うとるに決まってるやろ! ええか、静。女の子の手作り弁当は男のロマンや! そのロマンが目の前にあるんや。興奮せずにおれるか!」


 妙に強い口調でまくしたてた蔵ノ介さんは、おずおずと手を伸ばしてきた。


「あかん。嬉しすぎて泣きそうや」

「そんな大げさな…」


 とはいえ、そんなに喜んでくれるのは嬉しい。
 どうぞ、と手渡そうとしたときだ。


「あっ、白石やん! おおっ! しかもうまそうなモン発見!」


 どこかで覚えのある展開だった。
 案の定遠山くんが、つむじ風のように走ってきて。


「いただきや!」

「きゃっ!」


 あっという間に私の手から、お弁当箱を取っていってしまった。


「ありがとさん! お好み焼きのねーちゃん」


 一応私のことを覚えてくれたようだ。
 そんなことを思っている間に、遠山くんはどこかへ言ってしまった。


「また、取られちゃいましたね」


 そう言って蔵ノ介さんを見ると――――。


「……」


 恐ろしいほど無表情の彼が、怒りに肩を震わせていた。


「く、蔵ノ介さん…?」


 漂う空気は、夏であるのに極寒のそれだ。
 声を掛けられずにいると、蔵ノ介さんが包帯を解きながら、ふらりと動いた。


「静、少し待っとってな。あのゴンタクレ、しばき倒してくるさかい」


 口調が静かなのも、もはや恐ろしいとしか形容できない。
 このままでは、間違いなく遠山くんは東京湾に沈められてしまう。
 圧倒されている場合じゃなかった。


「お、落ち着いてください! 早まらないで!」

「自分優しいなぁ。けどな、こればっかは許さへん。あいつ一回しめとかなあかん」

「だ、大丈夫ですから! さっき、遠山くんが持っていったのは、ダミーなんです!」

「……ダミー?」


 私の言葉に、ようやく蔵ノ介さんの目に正気が戻る。


「ダミーってどうゆうことや?」

「あ…その、前にお好み焼きを取られたことを思い出しまして。念のため、ダミーを用意してきたんです」


 私は銀色の入れ物から、もう一つのお弁当箱を取り出す。


「ほら、これが本物です。あっちにはお菓子を詰めておきました」


 きっと遠山くんはびっくりするだろう。
 でも、お菓子ならそこまで怒らないよね。


「だから、遠山くんを許してあげてください。悪気はないと思いますよ」


 私の差し出したお弁当箱を受け取りながら、お弁当箱と私を交互に見やる蔵ノ介さん。
一瞬間があったのち。


「静! 自分完璧や!」

「きゃあ!」


 お弁当箱を片手に、もう片方で蔵ノ介さんは私を抱き寄せた。


「蔵ノ介さん!?」

「ホンマ、ホンマにダメかと思うたわ。静も人が悪い」

「そ、そうですか?」

「でも…めっちゃ嬉しいねん」


感慨深そうにしみじみ呟く蔵ノ介さんに、私もじわりじわりと喜びが生まれていく。
あまりに近くにいる蔵ノ介さんには、すっごくドキドキしたけれど。


「さ、誰にも邪魔されんとこへ行こか。じーっくり味わっていただくわ」

「美味しく食べてもらえたら、嬉しいです」

「さっきも言ったやろ。自分が俺のために作ってくれたモンが、美味しくないはずあらへんわ」


 今にもスキップしかねない程の軽い足取りで、蔵ノ介さんが歩いていく。
 珍しくはしゃぐ様子がとても可愛くて。
 しかもそうさせているのが私の作ったお弁当なので、さらにそれが嬉しくて。
 私は微笑みを浮かべながら、蔵ノ介さんのあとを続いていった。








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