似たもの同士




「悪い、アンジェ。もう少し待ってくれ」

 大真面目な顔をしてレインはそんなことを言ったが、対するアンジェリークは、困り果てた様子で彼の隣にひざをつく。

「レイン、もう良いじゃない」
「いや、良くない。もう一度だ」

 頑として譲らないレインに、アンジェリークはそっとため息をついた。
 始まりは些細なことだった。
 依頼を解決させて、寄り道した花畑での一幕だ。

「ねえ、レイン。花占いしない?」

 軽い気持ちでアンジェリークがそう持ちかけたのだ。

「ああ。構わないぜ」

 レインはあっさりうなずくと、近くに咲いていた一輪の花を摘み、花びらを一枚つまんだ。

「アンジェはオレのことが好き」
「えっ!?」
「オレのことが嫌い・・・」

 一枚、また一枚と花びらの数が減っていくさまを、アンジェリークは勿論、レインも緊張した面持ちで見守っている。
 レインてば、もの凄いことを占いだすんだから・・・。
 アンジェリークは火照る頬に手を添えた。
 彼女にしてみれば、そんなものは占う必要などないのだ。
 もうとっくに答えは出ているのだから。
 見る見るうちにレインの持っている花びらの数は減っていく。

「好き、嫌い、好き・・・」

 そこで最後の一枚になった。
 次の言葉は・・・。

「・・・もう一回だ」

 レインはそばにあった一輪を摘む。
 あとはその繰り返しだった。
 不思議なことに、何度やっても「嫌い」で花びらがなくなってしまうのだ。

「レインたら」

 この辺でいい加減やめないと、花畑荒らしの異名をとりかねない。
 意地になる気持ちもわかるが、それは不確定なことを占う場合の話だ。

「レインてば!」

 更なる一輪を摘もうとしたレインの手を、アンジェリークは掴んだ。

「そんな風に占わなくても、私はレインが好きよ。占う必要なんてないわ」

 はっきりと告げると、ようやくレインは自我を取り戻したように、アンジェリークをまじまじと凝視した。

「そうでしょ?」
「え・・・ああ、そうだな」

 レインは頬をかきながら、視線をそらせた。

「ちょっと・・・大人気なかったか」
「ふふ。ちょっとね」

 どちらからともなく、笑いがこぼれた。
 こういう時間が、アンジェリークにとってもレインにとっても、大切なものだった。

「そうだ。私もちょっとやってみようかしら」

 軽い気持ちで、アンジェリークはレインの摘んだ、花びらが一枚だけ残っている花を拾い上げた。

「レインは私が好き、嫌い・・・」

 好き、嫌い、というたびに、一輪ずつ並べていく。

「それだって、占う必要なんてないだろ?」
「それでも、ちょっとやってみたいじゃない?」

 一輪、一輪、丁寧に置いていくうちに、だんだんとレインは何故か嫌な予感がしてきた。
 そういうときの第六感というか。
 どうしてそういうものは当たってしまうのだろう。
 アンジェリークの手には、もう最後の一輪しか残っていない。
 そして、最後の言葉はというと。

「嫌い・・・」

 やっぱり、という思いがレインの心に浮かんだ。

「・・・・・・」

 アンジェリークはそっと最後の一輪を置くと、レインのほうに向き直った。

「レイン、ごめんなさい。ちょっと待っていてね」
「え? お、おい、アンジェ!?」

 もの凄く晴れやかな笑みを浮かべて、彼女は自分の置いた花を再び拾う。

「大丈夫。今度は『嫌い』から始めればいいのよ」
「い、いや、そんなにむきにならなくても・・・」
「いいえ、ここでやめるわけにはいかないわ!」

 大真面目にアンジェリークはもう一度、「好き」、「嫌い」を繰り返し始めた。
 先ほどの自分を眺めていた彼女は、こんな気分だったのだろうかとレインはしみじみ思う。
 確かに大人気ないことこの上ない。
 だが、そんなに真剣になってくれることに嬉しくもあった。
 不覚にも顔が火照りだした。

「・・・結局は、似たもの同士ってことか」

 レインは苦笑いを浮かべながら、アンジェリークの気の済むまで飽くことなく、彼女を眺め続けていた。






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