ぬくもりを感じて
大粒の雪が、重たげに空いっぱい広がる雲から落ちてくる。
そくそくと足元から冷気が這い上がってくるような、底冷えのする日だった。
町の往来も心なしか少なく、過ぎ行く人はみな一様に肩を丸めている。
元気の良いのは、珍しい雪にはしゃぐ子どもたちくらいだ。
――――否、ここにもう一人。
「雪ですよ、雪! すごいですよね。ほら、ちょっと積もってきましたよ」
やや興奮気味の花梨は、傍らに控える幸鷹に向かって嬉しそうに微笑んだ。
「神子殿は雪がお好きなのですね」
「はい。何だか雪を見ると無性にいてもたってもいられなくなって」
笑顔の花梨につられるように、幸鷹の口元もほころぶ。
人のためにこれまで仕事をしてきたつもりだったが、こうして特定の人の喜んでいる姿がこれほど幸せだと感じるとは。
幸鷹には初めての体験だった。
「幸鷹さん、幸鷹さん、見てください」
ほのかな幸福をかみ締めていた幸鷹は、花梨の声に我に返った。
声のしたほうに目を向けると、にこにこした花梨が手の上にかわいらしい小さな雪だるまを乗せていた。
「ほら、雪だるま。雪が降ったなあって思いませんか」
「よくできていますね。しかし神子殿、手が赤くなっていますよ」
幸鷹は花梨の手から雪だるまを受け取ると、近くの軒先にそっと置いた。
「これくらい大丈夫ですよ」
「そのようなことを言って、風邪でも召されたらどうするのですか」
真っ赤になった花梨の両手を、幸鷹の手が包み込む。
「ほら、このように冷えてしまって・・・」
水気をふき取って、やさしくこすり合わせる。
氷のように冷たかった花梨の手は、だんだんとぬくもりを取り戻していった。
まるで自分の体温がそちらに移ったようで、幸鷹はふいと花梨から、やや赤く染まった顔を背けた。
「あ、あの、もう、大丈夫ですから」
同じことを思っていたのか。
どこかあわてた様子の花梨は、わたわたしながら幸鷹の手の中から自分のそれを引き抜いた。
と、
「きゃあっ」
あわてすぎたのか、思い切り足を滑らせてしまった。
ぐらり、と花梨の体が大きく傾く。
「神子殿!」
はっとした幸鷹が花梨の腕をつかむ。
そして、思い切り力を込めて引き寄せる。
もともとそれほどの力があったのか、花梨を転ばせてはならないという意識が彼に力を貸したのか。
幸鷹はもう片方の腕を伸ばし、花梨の体を支えた。
「・・・神子殿、大丈夫ですか?」
「は、はい。何とか・・・」
二人ともほっと安堵のため息をついたのもつかの間。
「あっ・・・!」
花梨は自分が幸鷹の腕の中にいることに、幸鷹は花梨を抱きしめていることに気がついた。
「あっ、あの、すみません!」
とっさに身を引いた花梨だったが、しかし、幸鷹は彼女を放さなかった。
むしろ、一瞬の逡巡の後、腕の力を込めた。
「ゆ、幸鷹さん・・・?」
顔を上気させて混乱する花梨の耳に、ふと漏らした幸鷹の笑みが届く。
「そのようにあわてては、また足を滑らせますよ」
そういって、今度はあっさりと彼女の身を放した。
ゆっくり顔をあげた花梨が見た彼の表情は、思いもよらぬものだった。
「すみません・・・」
表情を隠すように手で口元を覆いながら、幸鷹は花梨の視線から逃れるように顔をそらせている。
「どうして、謝るんですか?」
「いえ、その・・・」
珍しく歯切れが悪い。
首を傾げる花梨を見て、ようやく観念したように口を開いた。
「神子殿のお役に立てることが、このように嬉しいとは思っても見ませんでしたので」
「えっ」
「ずっと、あなたに触れることができなくて、そのためにできないことがありました。もし、真実を知ろうとまじないを解いていなかったら、今もお助けすることができませんでしたし、先ほどの手も・・・。ですから、その・・・」
この先をいおうかどうかと口を閉ざした幸鷹だったが、ここまで言っておいて途中でやめるのも無責任だろうと、その先を続けた。
「あなたに触れられることが、私にはとても尊いことに思えるのです」
少し手を伸ばせば、彼女に届く。
だが、つい先日まではその距離が果てしなく遠かった。
触れることはできない。
触れれば全てを失うかもしれない。
それでも真実を知ろうとしたのは、彼女がいたから――――。
それが正しい選択であったのかは、まだ彼の中でも答えを出せていないのだが。
「そ、そんな、大げさですよ。尊いって・・・」
「大げさではありませんよ」
そういって幸鷹は花梨の手をとった。
再び花梨の鼓動は早鐘を打ち始める。
そんな彼女の反応に気づきもせず、穏やかに幸鷹は微笑んだ。
「私はこうして手をつなげることが、とても嬉しい」
普段仕事柄、または彼の性格上、こんな優しい微笑みを見る機会などほとんどなかった。
はっと息をのんで言葉を失う花梨の心臓に、幸鷹はさらに負担を強いる。
「・・・もう少し、手をお貸しいただいてもよろしいですか?」
少しかすれた声が、静かにささやく。
花梨はその申し出に、ただただ、首を縦に振るだけで精一杯だった。