贈り物





「御家老、捜しましたぞ!」
 バタバタと足を踏み鳴らしながら近づいてきた西郷に気がついて、小松は不機嫌さを隠そうともせず、心底煩わしそうに顔を歪めた。


「何なの、騒がしいね。もう少し静かに来られないの」

「いやあ、見事に不機嫌ですね」


 分かっているならわざわざ口にする必要はないのだが、分かっているのかそうでないのか、西郷はいつもと同じように精悍な顔に笑みを浮かべる。


「中庭に出てどうされたんですか。部屋にいるとばかり思っていましたから、見つけるのに手間取ってしまいました」

「別に私がどこにいようと、私の勝手でしょ」


 外はすっかり冬の装いである。
 今は雪こそ降っていないが、吹き抜ける風は冷たい。
 少し前まで庭を彩っていた葉はすっかり役目を終え、今では枝にうっすら雪をためる状態である。
 いつもは執務に追われ、部屋の中にいることが多い小松が、何故わざわざ中庭にいたのか――――妙に鋭い所のある西郷は、その理由に思い到った。


「御家老、もしゆき殿をお探しでしたら、この辺にはいませんよ」

「・・・・・・どういうこと?」


 どうやら図星だったらしい。
 初めて小松が西郷の方を見た。


「ちょっとお借りしていたんです」

「そう。じゃあすぐに帰してほしいのだけれど」

「分かってます。だから御家老を探していたんじゃないですか」


 何が「だから」なのだろう。
 小松はようやく眉間の皺をおさめた。


「ゆきくんの不在と私が、何か関係あるというの」

「ありますよ」


 西郷は小松を先導するように歩き出す。
 ゆきのこととなれば、小松は無視できない。
 自然と西郷の後を追う。


「それよりも御家老、今日は何の日か知っていますか?」

「今日?」


 首を傾げた小松を見て、西郷は大きく笑いだした。


「やっぱり分かっていませんでしたね。ゆき殿の言うとおりだ」

「別に特別な仕事はなかったはずだけど」

「確かに、そんなもんはありませんでしたな」


 西郷の足は小松の自室に向かっている。
 自分の屋敷なので、小松にはそれくらいわかる。
 しかし、彼が何故そこに向かっているのかは分からなかった。
 しかもどうやら、ゆきがらみのことらしい。


 いよいよわけが分からない、と小松が西郷に問いを投げかけようとしたが、それを遮るように西郷が先に口を開いた。


「今日は御家老の生まれた日なのだそうですね。ゆき殿の世界では、その日を祝う習慣があるのだとか」


 それは小松も聞いていた。
 小松には誕生日を祝う習慣はなかったが、ゆきにその話をされたとき、妙に彼女が嬉しそうに話をしたのが印象的だった。


「誕生日には祝いの品を送るのだそうですね」


 西郷の足は、小松の自室の前に至ってぴたりと止まった。


「御家老にはいつも多大な責任を負わせていますから、これは我らからの贈り物ということで」


 ちょうどそのとき、タイミングを計ったように障子がぱっと開いた。
 中に控えていたらしい家人が障子を引いたのだが、小松にはそんなものは見えていなかった。


「小松さん・・・!」


 ちょっと困ったような表情のゆきが小松を見た。


「!」


 その様に、小松は息をのんだ。
 真っ白な着物に身を包んだゆきの姿はまるで、花嫁そのものだった。


「あ、あの、私、皆さんとこっそり、小松さんのお誕生日のお祝いの準備をしていたんです。でもそうしたら、その途中でこのお着物に着替えるように言われて・・・」


 さすがのゆきにも、その着物の意味が分かるようだ。
 混乱する彼女を前にして、小松は冷静さを取り戻した。


「それで、君自身が贈り物ということ?」

「え、ええっ!?」


 そんなつもりはないと首を振るゆきだが、小松は西郷たちの思惑を察知した。


「なるほど、確かに私が一番欲しいものだね」


 いつの間にか西郷はじめ、家人たちの姿がない。
 小松の自室には白無垢のゆきだけ。
 小松は、困惑しているゆきを捕える。
 華奢な体を抱きしめるたび、彼女は一瞬身を固くするが、すぐに小松に身を預けてくる。


「ゆきくん」


 名を呼ぶと、ちゃんと顔を上げる。


「良い子だね」


 ご褒美とばかりに、小松はゆきの唇を塞ぐ。
 柔らかい唇に触れるたび、彼女が遠くへ行ってしまわぬよう、無意識のうちに彼女を抱く腕に力を込める。


 もう、二度と彼女を手放す気はない。
 一度は遠ざけたが、彼女はこの腕の中に戻ってきた。
 初めはそれだけで十分のはずだった。


 ――――けれど。


 触れるだけでは全然足りなかった。
 いつしか口付けは深いものになっていた。


「ん・・・ぁ・・・」


 鼻に抜けるような彼女の甘い吐息が、小松の理性を簡単に吹き飛ばす。


「本当に、君は」


 どこか悔しそうに、それでいて嬉しそうに、小松は苦笑する。


「良い? 私を本気にさせた君の責任は重いよ」


 ゆきの咥内を緩やかに犯しながら、唇に直接囁きかける。


「君は大人しく、私だけのものになると誓いなさい」


 強い口調ではないが、決して抗うことを許さない。
 同意しか受け入れないと言わんばかりの小松の態度。
 既に甘い口付けに浸されて、とろりと力の抜けてしまっているゆきには、もとより選択肢は用意されていなかった。


「ん・・・はい・・・、私を、小松さんのものにして下さい」

「ああ、良い返事だ」


 くすりと笑みをこぼして、小松の唇はゆきの首筋に埋まる。


「っ!」


 敏感にびくりと身を震わせるゆきに構うことなく、赤い痕を次々とつけながら、初めて己が生まれた日に喜びを抱いた。
 叶うことなら、この先もこの喜びが幾度も重なるように。
 そんな思いを込めながら、小松はゆきを甘く捕えていった。





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