お揃い
「あー、くそっ。めっちゃ腹立つ」 たまたま通りかかった広場。 そこで何故か頭から水を滴らせている蔵ノ介さんを発見して、私は慌てて駆け寄った。 「どうしたんですか?」 髪の毛から水の滴がこぼれていく。 制服も胸のあたりまでがずぶぬれで、下の素肌に張り付いていた。 その様にどきりとしないわけではなかったけれど、それよりも、頭から水を滴らせて腹を立てている蔵ノ介さんのただならぬ姿のほうが気になった。 苛々と地団駄を踏む蔵ノ介さんに、私はおずおずとハンカチを差し出した。 「あの・・・これ、あまり役に立たないかもしれませんが、使って下さい」 「え? あ、静やん」 深い怒りから我を取り戻した蔵ノ介さんは、険しい表情を収めて、私に向き直った。 「どうしたんですか? 水浴びでもしたんですか?」 「そんな楽しげなもんとちゃう。金ちゃんのせいや」 私の手からハンカチを受け取り、とりあえず顔を拭く蔵ノ介さん。 説明する口調はやはり怒っている。 「あいつまた、この噴水で行水するつもりやってん。たまたまその場に居合わせてな、止めに入ったはええけど、不意打ちを食らったわけや」 「あー・・・」 容易に想像がついてしまったので、驚くより先にすんなりと納得してしまった。 頭の中に思い浮かべた遠山君は、実に生き生きとして、蔵ノ介さんを出し抜いて逃げていった。 きっと、私の想像と、そう違わないことがあったに違いない。 「部長さんも、大変ですね」 自然と出た言葉に、蔵ノ介さんもうなずく。 「まあ・・・個性的な奴らが多いからな」 そう言って、彼は額に張り付いた髪の毛を掻き上げる。 その姿に、今度こそ私の鼓動は正直に反応した。 「!」 声を上げなかったのは、奇跡だったくらい。 「いつか本気でシメなあかんかもな」 ぶつぶつと、遠山君の処遇に思考を奪われている蔵ノ介さんは、まだ私の様子に気づいていない。 それが幸いだった。 水も滴る・・・とは言うけれど、その言葉を今ほど実感したことはなかった。 だって、こんなに・・・。 「蔵ノ介さんて、やっぱり美形だったんですね」 「え?」 知らないうちに出ていた言葉は、蔵ノ介さんを驚かすには十分だった。 「あっ! わ、私・・・」 何て事を言っているのだろう。 心の中で呟いたはずなのに。 慌てて口元を押さえたが、もう遅い。 むしろ私の反応が、蔵ノ介さんにその言葉が空耳ではなかったということを、決定づけていた。 「んん? 何や今、聞き捨てならん声が聞こえたなぁ」 完全に聞こえたくせに、蔵ノ介さんは可笑しそうに、そうとぼけてみせる。 「気のせいです!」 私は今更と思いながらも、全力で否定してみたけれど、彼にとってその反応はどうやらツボにはまったらしい。 「まあまあ、恥ずかしがることないで。静が俺に惚れ直すのも無理ない話や」 「ほっ・・・!」 惚れ直すって・・・! あ、あの、そ、それは、その・・・。 いよいよ返す言葉を失って、私は顔を真っ赤にしたままうつむいた。 今彼の顔を見たら、今度こそ何を言い出すか分からない。 どうして良いか分からなくなった私を見た蔵ノ介さんは、頭の上でふっと笑みを漏らした。 「ホンマ、自分ええ子やなあ」 その言葉と共に、ぽんと肩に手を置かれる。 熱いくらいの彼の体温が右肩を通して、私の鼓動をさらに速めた。 そのまま、少しだけ時間が止まる。 鼓動は速いままだったけれど、思い出したように吹き抜けた風が心地良かった。 「・・・あかん。自分で言うといて、自爆したかも知れん」 「え?」 私を見下ろしていると思っていた蔵ノ介さんは、いつしか少し顔を背けていた。 ・・・その顔が、少し赤い? 私の視線に気付いて、蔵ノ介さんは困ったように笑みを浮かべた。 「お揃いやな」 それがきっと、お互いの顔の色のことを言っているのだと分かったので。 恥ずかしさの残る顔に私も笑みを作り、かすかにうなずいた。 その胸には、ほのかに温かいものが息付いていた。 |