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 今日も今日とてオーブハンターの仕事は忙しかった。
「アンジェ、次はコズへ行くが、大丈夫か?」
 同行するレインにそう問われたとき、アンジェリークは内心どきりとした。
「えと・・・きょ、今日はやめにしない? きっと急ぎの依頼ではないわよ」
 控えめに切り返すと、レインは怪訝な顔をした。
 よく晴れた日の昼下がり。
 この時期にしては陽気な気候だった。
 いつもは冷え込む空気も、今日は優しくぬるんでいる。
 出かけるには絶好な日和であるのに、アンジェリークの心の中は激しく揺れていた。
 ――――どうしよう。やっぱりチョコレートにしたのは間違いだったわ。
 今日は特別な日だった。
 バレンタインデーと、誕生日。
 女の子の特別な日と、レインが生まれた日が、見事に重なっているのだ。
 最初その事実を知ったときは、面白い偶然だ、くらいにしか思わなかった。
 それがまさかプレゼントをあげるのに、こんなに悩むことになるなんて。
 悩みに悩んだ結果、甘いものが好きなレインのことだから、チョコレートをプレゼントにしようと決めて、朝早くから準備をしたのだ。
 綺麗にラッピングをして、本当は朝のうちに渡すはずだった。
 ・・・・・・のだが。
 いざ渡すときになると戸惑ってしまい、プレゼントはまだ手提げの中に入っている。
 南国気候のコズなんかに行ったら・・・。
「大丈夫かしら・・・」
 思わずこぼれた呟きに、レインはぴくりと反応した。
「どうした? 疲れたか?」
「え? ううん、違うわ」
 あわてて首を振るが、それが彼の目には不自然に映ったらしい。
 さらに心配そうに覗き込んできた。
「ここの所忙しかったからな。どこかで休んでいこう。・・・ほら、あのカフェにしよう」
 レインはアンジェリークの返事を待たずに、アンジェリークの手を取ると、目的の店へと入った。
 ファンシーな調度類の並んだ、かわいらしい内装のお店だった。
 レインは少し面食らったようだが、にこやかなウエイトレスは気にした風もなく、二人を窓際の席へと案内した。
 店員おすすめのイチゴのケーキセットを頼むと、アンジェリークは自然と大きく息をついた。
 店内はちょうど良い気温に保たれているので、チョコレートが溶けることはない・・・はず。
 ほっと胸をなでおろしたところで、レインがこちらをじっと見つめているのに気がついた。
「な・・・何?」
 深い緑色の双眸には、少し戸惑った表情のアンジェリークの顔。
 彼女の問いかけに、レインはふと微笑んだ。
 図らず、アンジェリークの胸が高鳴る。
 いたたまれなくて目をそらした。
 店内は二人だけではないのに、なぜか周りの音が聞こえなくなっていた。
 ・・・変に思ったかしら?
 心配になってそっと顔を上げると、頬杖をついたまま相変わらずレインはアンジェリークを見つめていた。
「ど・・・どうしたの? 何か私の顔についている?」
「いや」
 短い返事であるのに、レインのあたたかい気持ちが伝わってくる。
 それ以上アンジェリークは何も言えず、レインも何も言わず。
 二人の沈黙は、ウエイトレスの一言で破られた。
「お待たせいたしました」
 柔らかな声とともに、目にも鮮やかなイチゴのケーキと、べっ甲色の紅茶が運ばれてきた。
 良い香りがするが、それが何かまでは分からなかった。
 イチゴが混ぜられているのかピンク色のクリームを見つめていると、それだけで幸せになれそうだ。
 品物を並べ終わると、にこやかなウエイトレスは一つの包みをテーブルの真ん中に置いた。
「これは?」
 という二人の視線に、
「今日はバレンタインデーですので、カップルの方にはサービスしているのです。よろしかったらどうぞ」
「えっ」
 さすがにこれにはレインも驚きの声をあげた。
 ウエイトレスはあっけに取られている二人に、何の疑いもなく包みを渡すと、そのまま戻っていってしまった。
 妙な空気が二人の間を取り巻く。
 恋人に間違えられたのよね・・・。
 それは確かに、若い二人が入ってきたら、カップルだと思うかもしれない。
 ――――レインは、どう思ったのかしら。
 そっとレインの顔をうかがう。
「!?」
 その瞬間、アンジェリークは息を呑んだ。
「カップル、か・・・」
 ポツリと呟くレインの顔には、ほんのり紅がさしていた。
 はにかむように微笑んだ顔が、いつものクールな彼を、いくつも幼く見せた。
 自分とそう年は変わらないのに、何故かアンジェリークには彼が年下のような気さえした。
 それほど素直に、この誤解を喜んでいるのが分かった。
「・・・実は、今日はオレの誕生日なんだ」
 突然レインはそんなことを言い出した。
「お前と一緒に過ごせただけでも、十分な誕生日プレゼントだと思っていたんだけどな・・・」
「じゅ、十分じゃないわ!」
「え?」
 今しかない。
 アンジェリークは手提げから綺麗にラッピングされた包みを取り出した。
「レイン、誕生日おめでとう。これ・・・」
 リボンの形を整えながら、プレゼントを差し出す。
「・・・・・・レイン?」
 プレゼントが気に入らなかったのか。
 レインは差し出されてしばらく、それを見つめたまま動かなかった。
 アンジェリークの中に、にわかに不安が広がる。
「ご、ごめんなさい。色々考えたのだけれど・・・」
 包みを引っ込めようとするのをみたレインは、はっとして彼女の手をつかんだ。
「違う」
「え?」
 違うんだ、と言ったレインは、アンジェリークの手から大切そうに包みを受け取った。
 プレゼントに視線を落としたレインの顔には、先ほどとは比べ物にならないほど、喜びに満ちている。
「・・・オレの誕生日を知っていたのか?」
「ええ、忘れるはずないもの」
「そうか・・・」
 レインは自嘲とも苦笑とも取れる笑みを浮かべた。
「誕生日なんて、毎年何も嬉しくなかったんだが、今年は特別だ。・・・ありがとう」
「ううん・・・喜んでくれたなら嬉しいわ」
 開けてみても良いか、と嬉しそうに言うレインに、アンジェリークは顔を伏せながらうなずく。
「これは・・・」
「あっ!?」
 箱を空けた二人は、仲良く驚きの声をあげた。
 本当は、ジェイドに教えてもらった手作りチョコが入っているはずだった。
 ・・・・・・はずだった。
 だが。
「ど、どうしよう。形が崩れてしまっているわ!」
 派手に暴れたつもりはなかったのに、繊細なチョコレート菓子は、細部がかけてしまったりつぶれてしまっていたりした。
 アンジェリークは、どうして朝早く渡さなかったのか、激しく後悔した。
 あの時渡していれば、こんな見苦しいものを渡さなくてもすんだのに。
「ご、ごめんなさい! どうしようっ、私・・・」
 何て物をあげてしまったんだ。
 取り返そうと手を伸ばしたアンジェリークを、
「どうして泣きそうな顔をしているんだ」
 レインはきょとんとした表情で制した。
「だって、形が・・・」
「だが、品は変わらないだろう」
「でも・・・」
「オレには、どうしてお前がそんなにこだわるのか、分からない」
 ほくほくとした様子でレインは箱を閉じると、また綺麗に包み直して小脇にしまった。
 レインにとって、誕生日プレゼントを用意してくれていたことだけで、満足だったようだ。
 しかし、アンジェリークはそれではすまない。
「申し訳ないわ。せっかくの誕生日なのに」
「だから、そんなに気にしなくて良いんだ」
「そうはいかないわ。お詫びさせて頂戴」
 ずい、と身を乗り出したアンジェリークに、レインは少し考え込む様子を見せた。
 そして、しばらくしてぽんと手を打った。
「分かった。じゃあこうしよう」
「?」
 相当妙案を浮かんだのか、レインの声は弾んでいた。
「今日一日は、オレとずっと過ごしてくれ」
「えっ」
 驚いて目を見開くアンジェリーク。
「でも、それはいつものことじゃない」
「いや、仕事は完全に抜きだ」
 ついでに他の奴らの話も抜きだ、とレインは釘をさす。
「今日だけはオレのことだけを考えていてほしい・・・駄目か?」
「駄目じゃないわ」
 すかさずアンジェリークは首を振る。
「そんなことで良かったら、喜んで・・・」
「そんなこと、か」
 ふとレインは思案する。
 それは彼女にとって、自分と過ごすことは気にもならない程度のことなのか、それとも、一緒に過ごすのが当たり前すぎて慣れているという意味なのか。
 レインにそれを質すことはできなかった。
 不用意に深入りして、傷つくことはない。
 今は嬉しい気持ちだけでいたかった。
「・・・レイン?」
「あ、悪い」
 レインは首を振ると、余計な考えを振り払う。
「・・・っと、紅茶が冷めてしまうな。いただこう」
「そうね。あ、この包みも開けてみましょう。お菓子かしら」
 にこにこするアンジェリークを見つめながら、「十分だ」と言いつつ、プレゼントが彼女自身だったらどんなに良いだろうかと思っている自分に対して、レインは大きくため息をついた。






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