プロポーズ




「紗依、一生のお願いじゃ!」

 宴もたけなわ。
 部下も上司も関係なく、今日ばかりは無礼講と城のものは誰もが騒ぎ続けていた。
 テンションが上がりすぎてやや居場所を失った紗依は、宴会場の隅っこのほうでおとなしくお茶を飲んでいたのだが、そんなときに主催者である初姫がやってきた。
 彼女は手を合わせて片目を閉じる。

「すまぬが、酒のつまみを作ってくれぬか?」

「え? わ、私がですか?」

「そうなんじゃ。皆異常にピッチが速くてのう。酒はたくさんあるのじゃが、つまみが足りぬのじゃ。料理人たちもほれ、この通り」

 初姫は、顔を赤くして大笑いしている一団を指差した。

「というわけなのじゃ。この面子でしらふなのはお前だけ。そして今頼れるのもお前だけなのじゃ」

「でも、皆さんの分も作るなんて・・・それに、口にあうかどうか」

「大丈夫じゃ。わらわが作るのと紗依が作るの、どっちが良いか考えてみい!」

 そういう初姫はどこかやけっぱちだった。

「女子として悔しいが、家事はおぬしのほうが上じゃ。だから頼むぞ! この宴会はおぬしにかかっておるのじゃ!」

 半ば追い出される形で紗依は台所に追いやられた。

「おつまみって言ったって、あんな大人数のおつまみを作るなんてどうすれば・・・」

 首をひねりながら台所へ行って、材料を検分する。
 残念ながら料理できそうなものはなかった。
 ――――が、代わりに違うものが見つかった。

「サラミにチーズにあたりめ、くさや、ゲソ、それにピスタチオに韓国海苔!? 何でこんなにかごの中におつまみばっかり入っているの?」

 台所の隅にひっそりと置かれていた竹で作られたかごの中には、何故かいかにも酒の肴になる品々が詰め込まれていた。

「・・・何だかなぁ」

 どっと力が抜けた紗依は、あきれた顔でおつまみの入ったかごごと宴会場に運んだ。

「おお〜、すまぬな」

 騒ぎの中心に戻ると、さらに顔を赤くした初姫が上機嫌に手を振って紗依を待ち構えていた。

「もうっ、家事とか関係ないじゃないですか」

 どん、とかごを置いて、不機嫌な紗依。
 だが初姫は悪びれた様子など一切なく、しれっと言い切った。

「いや、そんなことはないぞ? おぬしがつまみを配ると皆が喜ぶのじゃ。ささ、宜しく頼むぞ」

 酒の場でしらふでいることほど理不尽な思いをすることはない、としみじみ思う。
 紗依は渋々とつまみを配り始めた。
 もともとは自分から言い出したクリスマスパーティとはいえ、何だかイメージしていたものとは大きくかけ離れている。

「あ」

 紗依は、座敷の片隅で若い侍相手に延々説教を繰り返している宗重を見つけた。
 若い侍はといえば、目上の宗重に頭が上がらないらしく、心底困り顔でひたすら苦行に耐えていた。

「大体最近の若者はなあ・・・」

 見ているうちにだんだんその若侍がかわいそうになってきて、紗依は思い切って声を掛けた。

「あの、宗重さん。おつまみ足りていますか?」

 その声に若侍は救いを見出したのか、急に顔が晴れ渡った。

「んー? 姫でござるか。良い機会だ。姫、ここに座りなさいませ」

「ええ!?」

 宗重は半分閉じかかった目で紗依を見上げると、自分の正面の畳をぽんぽん叩く。
 酔いが回ってぼんやりした目には、逆らいがたい迫力を感じた。

「さあ、早くなさいませ」

「は、はあ・・・」

 仕方なく紗依は言われるままに腰を下ろす。
 助けた若侍はいつの間にか他の場所へ行ってしまっていた。

「大体姫はですな、毎回毎回無茶をして我々を困らせてばかり。これだから最近の若者は・・・」

「・・・・・・」

 なんてついていない展開なのだろう。
 今度は紗依が宗重の説教を聴く羽目になってしまった。
 人知れずこっそりため息をつく。

「・・・ちゃんと聴いていますかな?」

「え? は、はい」

 適当に相槌を打つが、勿論聴いているはずがない。
 紗依はこっそりと、熱弁を振るう宗重を見上げた。
 普段は親父ギャグを言うし酒を飲めばこんな感じになってしまう。
 だが、逃亡中の宗重は実に頼りになる男だった。
 特に他の用心棒たちと合流する前、北浜城を脱出する際など、この人にずっとついていこうと思ったくらいだ。

 ――――それが、ねえ・・・。

 あのときの格好良くて渋い侍と、目の前で飲んだくれているおっさんが同一人物とは、詐欺に近い。

 ――――まるで白馬の王子様みたいだったんだけどね。

 とはいえ、王子というにはもう年が行き過ぎているのだが。
 紗依がさらにため息をつこうとしたとき、再び宗重が問いかけてきた。

「というわけなのですが、よろしいですかな?」

「は、はい。よろしいです」

 何がよろしいのか分からないがうなずくと、

「本当でござるか?」

 妙な迫力を持って念押しされた。
 まさか聴いていませんでしたとはいえずに、紗依はこくこくと首を縦に振った。

「・・・そうか、それは良かった」

「?」

 急にがらりと口調が変わったことに、疑問を持つ余裕はなかった。

「きゃ!」

 気がつくと紗依は宗重に抱き上げられていた。

「む、宗重さん!? 何? 何で!?」

「何で? これは異なことを。今しがた拙者の求婚を受け入れたではないか」

「き、求婚!?」

 そんな話は聞いていない。
 いないが、うなずいたのは確かだった。
 というかそれ以前に。

「宗重さん、酔っ払っていたんじゃ!?」

 先ほどまではろれつが回らぬ様子であったのに、今は嘘みたいにけろりとしている。
 目を丸くする紗依に、宗重はしてやったりとばかりににやりと笑った。

「油断しておる紗依が悪い」
 はめられた、と思う余裕はなかった。

「皆の者、聴いて欲しい! このたびこの筑波宗重、この女子と所帯を持つことになった!」

「おおー!!」

 宗重の宣言に酔っ払いたちのテンションはさらに上がっていく。

「ま、待って!? 良いけど、っていうかむしろ嬉しいけど、でもまだ心の準備が・・・!」

 紗依の心からの叫びは、酩酊した者たちの喧騒の中にむなしく消えていった。







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