「another world」 サンプル
自然豊かな大陸、アルカディア。 天の恵みをいっぱいに受けた、豊かな緑と大地で作られているこの大陸は、穏やかに多くの生き物を育んでいる。 それは、世界を守る女王の力だ、と言う者もあったが、それはただの言い伝えに過ぎない。 平和な世界は今、五つの領地に分かれている。 政治の中心であり、文化の発信地でもあるウォードン。 大きな港を擁し、商業で賑わうファリアン。 独特の文化を持つ、海に囲まれたリゾート地のコズ。 女王信仰の総本山であり、毎日多くの巡礼者が訪れるセレスティザム。 そして有名な篤志家の治める大陸北部の小さな領地、リース。 この五つの領地がバランス良くお互いがお互いを助け合い、大陸を成立させていた。 人々の心を悩ませる存在など、どこにもない、平和そのもののアルカディア。 ――――そんな大陸の片隅に、その少女は住んでいた。 1 重なり合った葉の合間から、木漏れ日がきらきらと降り注いでいる。 「今日もいいお天気ね、エルヴィン」 木と木の間にロープを張り巡らせて作った洗濯干しに、洗濯物を広げながら、アンジェリークは足元でじゃれついている飼い猫に笑いかけた。 リースの、さらに北部。深い森の中にアンジェリークの住まいはあった。 両親はすでになく、小ぢんまりした家には、森に迷い込んできた猫のエルヴィンしかいない。 森の中にひっそりと建つ小さな家に一人暮している彼女の周りには、人の気配はどこにもなかった。 彼女はたった一人でこの森の中に住んでいるのだ。 まるで世界から切り離されたように、ここは何の干渉も受けず、ゆったりと時間が流れていた。 「風が気持ち良いわ。今日はいいことが起きそう」 全て洗濯物を干し終え、籠を持って家の中へ戻ろうとしていると、不意にエルヴィンの耳がぴんと立った。 直後、何を思ったのか、エルヴィンは走り出した。 「エルヴィン? どうしたの?」 猫はアンジェリークの言葉も聞かず、一直線に森の中に消えていく。 突然どうしたというのだろう。 「待って!」 普段だったら気まぐれな行動だと、微笑ましく見送るだけだが、何故か今は追わなければという気持ちが湧いて、アンジェリークは洗濯籠を木のそばに置くと、慌ててエルヴィンの後を追い始めた。 猫だからと侮っていたら、とんでもない。エルヴィンはすいすいと木の間を抜けていく。 「待って、エルヴィン!」 追い付くどころか、姿を見失わないようについて行くのが精いっぱいだ。 どこまで行くつもりなのだろう。 どんどん森の奥へと進んで行くエルヴィンには、迷いは一切ない。 どこか目指す場所が、彼にははっきりと分かっているようだった。 ひょい、とエルヴィンが茂みの中に飛び込んだ。 同じようにアンジェリークも続く。 「あら?」 そこで彼女は初めて、人がうずくまっているのに気がついた。 エルヴィンは倒れている人物のそばで、「ニャア」と一鳴きした。 その声にハッとする。 アンジェリークは急いでその人物に駆け寄った。 「大丈夫ですか?」 倒れているのは、若い男の人だった。 まだ少年と言っていい。 赤い髪に銀色のメッシュが印象的だ。 外套を身にまとい、少ない荷物を小脇に抱えている。 みすぼらしい感じはしないが、薄汚れた砂だらけの外套は、彼がまともな旅をしてきたとは思えなかった。 そもそも、こんな街道から大きく離れているところに迷い込んでいるのだから、何かわけありなのだと知れる。 自分と同じくらいかしらと思いながら、しかし、その少年の顔色が悪いことに気がつくと、すぐに気を取り直した。 アンジェリークは少年の額に手をあてた。彼はうっすらと汗をかいている。 「いけない、熱があるわ」 |