聖なる夜
4
「一休み?」 後ろでは華やかなパーティが続いていた。 ドア一枚隔てられているだけなのに、室内で奏でられている楽団の音楽が遠くに聞こえている。 レインが外に出たのを見計らって、アンジェリークはそのあとをすぐに追ったのだ。 壁にもたれかかっていたレインは、まさかアンジェリークが現れるとは思っていなかったらしい。 驚きで目を見開いた。 「アンジェリーク。どうしたんだ?」 「レインが、出ていくのが見えたから」 「そうか」 そこで会話が止まってしまった。 本当は、レインに聞いてみたいことがあった。 それは、メルローズ女学院の食堂で聞いた、ロシュとの会話のことだ。 ――――レインの思い人は誰なのかしら。 ここ数日はずっとそのことばかり考えていた。 この間のレインの様子から、誰か気になっている女の子がいることは明らかだった。 ――――それは、いったい誰? もしも、自分以外の誰かだったら・・・。 アンジェリークはそこまで考えて、頭を振った。 そんなのは、嫌だ。 切り出したいのだが、答えを聞くのが怖い。 どう言いだしたものかと考えあぐねていると。 「ダメだな・・・」 突然、ふう、とレインがため息をついたので、アンジェリークはどきりとした。 「な、何・・・?」 どきどきしながら、声が震えないように聞き返す。 レインはくしゃりと前髪を掻いた。 顔には苦笑いが浮かんでいる。 その姿にさえ、アンジェリークはどきりとした。 息をのむアンジェリークと目があったとき、レインはふと口元を緩めた。 「オレは、お前に会いたかった。ずっと、言いそびれていたことがあったんだ」 レインはそこで言葉を切ると、アンジェリークの肩に手を添えた。 温かい彼のぬくもりが、直接伝わってくる。 「でも、実際お前を目の前にすると、全然言葉が出てこない。柄にもなく、緊張しているんだ」 「レイン?」 何を言おうとしているのか。 呼吸するのも忘れて、アンジェリークはレインの緑色の瞳に魅入られている。 彼女の見つめる中、レインははっきりと言った。 「オレは、お前が・・・」 そこまで言った時だった。 「っくしゅん!」 タイミングよく、アンジェリークがくしゃみをした。 「ご! ごめんなさいっ!」 ――――私の、ばかばか!! レインがせっかく何か重大なことを告白しようとしていたのに! 後悔してもどうにもならない。 ただただ己の愚行を責め立てていると、 「ぶっ!」 「え?」 レインが盛大に吹き出した。 「あはは! お前って奴は」 邪魔されたはずなのに、レインの笑いは止まらない。 ひとしきり笑い転げてから、アンジェリークの手を取って、その場に座らせた。 「ほら、寒いんだろう?」 レインは持っていた包みを開くと、そこからマフラーを取り出した。 「これって、さっきのプレゼント?」 「ああ。さっそく役に立ったな」 レインはそれをアンジェリークの首にかけようとした。 「ま、待って!」 思い切って、アンジェリークはマフラーの片方をレインに差し出す。 「私ばっかり温かいのは不公平だわ。レインも一緒に・・・」 嫌がられたらどうしようかとドキドキしたが、思い切って言ってみた甲斐はあった。 「ああ、そうか。分かった」 レインはあっさりうなずくと、アンジェリークの首に巻いた余りを、自分の首にも巻いた。 ひとつのマフラーを二人で巻くというのは、意外と相手と体が密着する。 胸の鼓動を聞かれてしまうのが恥ずかしくて、アンジェリークは口を開いた。 「ねえ、レイン。さっきの続きなのだけれど」 「ん? ああ、あれは延期だ」 あっさりとレインは言い切った。 「今日は機会を逸してしまったからな。また日を改めるよ」 「そ、そう・・・」 内容はどのようなものか分からないが、何だかとても残念な気がする。 しかし、アンジェリークにはもっと気がかりなことがあった。 「あ・・・あのね、レイン。ひとつ聞きたいことがあるの」 駄目だ。ここで黙っては。 こんな時でないと、レインと話す機会もないのだ。 アンジェリークは勇気を奮い、ずっと気になっていたことを口にした。 「レインは、誰か好きな子がいるの?」 「えっ?」 「ごめんなさい。ロシュとの会話、聞いてしまって・・・」 「・・・・・・」 答えを聞くのが怖かった。 でも、いつまでも答えを先延ばしにもできない。 「ずっと気になっていたの。私・・・」 レインが好きだから。 そう続けようと思ったのだが、レインのほうが早かった。 「お前って奴は本当に、どんどん人のペースを乱すんだな。せっかく改めようと思ったのに」 「え?」 首をかしげたとともに、アンジェリークはレインに抱き寄せられた。 驚きはそれだけではない。 耳元には、レインのかすれた声が聞こえた。 「お前が好きだよ」 「!」 息が詰まって声が出ない。 驚きで凍りついているアンジェリークに、今度はレインが問い返す。 「お前は? お前はどうなんだ? オレのこと・・・」 そんなこと、考えるまでもない。 アンジェリークは即座に答えた。 「私も、レインが好きよ!」 レインはその言葉にほんのりと顔を上気させたが、すぐに蕩けるような笑みを浮かべると、静かにアンジェリークを抱きしめた。 |