聖なる夜




「一休み?」

 後ろでは華やかなパーティが続いていた。
 ドア一枚隔てられているだけなのに、室内で奏でられている楽団の音楽が遠くに聞こえている。

 レインが外に出たのを見計らって、アンジェリークはそのあとをすぐに追ったのだ。
 壁にもたれかかっていたレインは、まさかアンジェリークが現れるとは思っていなかったらしい。
 驚きで目を見開いた。

「アンジェリーク。どうしたんだ?」

「レインが、出ていくのが見えたから」

「そうか」

 そこで会話が止まってしまった。
 本当は、レインに聞いてみたいことがあった。
 それは、メルローズ女学院の食堂で聞いた、ロシュとの会話のことだ。

 ――――レインの思い人は誰なのかしら。

 ここ数日はずっとそのことばかり考えていた。
 この間のレインの様子から、誰か気になっている女の子がいることは明らかだった。

 ――――それは、いったい誰?

 もしも、自分以外の誰かだったら・・・。
 アンジェリークはそこまで考えて、頭を振った。

 そんなのは、嫌だ。

 切り出したいのだが、答えを聞くのが怖い。
 どう言いだしたものかと考えあぐねていると。

「ダメだな・・・」

 突然、ふう、とレインがため息をついたので、アンジェリークはどきりとした。

「な、何・・・?」

 どきどきしながら、声が震えないように聞き返す。
 レインはくしゃりと前髪を掻いた。
 顔には苦笑いが浮かんでいる。

 その姿にさえ、アンジェリークはどきりとした。
 息をのむアンジェリークと目があったとき、レインはふと口元を緩めた。

「オレは、お前に会いたかった。ずっと、言いそびれていたことがあったんだ」

 レインはそこで言葉を切ると、アンジェリークの肩に手を添えた。
 温かい彼のぬくもりが、直接伝わってくる。

「でも、実際お前を目の前にすると、全然言葉が出てこない。柄にもなく、緊張しているんだ」

「レイン?」

 何を言おうとしているのか。
 呼吸するのも忘れて、アンジェリークはレインの緑色の瞳に魅入られている。
 彼女の見つめる中、レインははっきりと言った。

「オレは、お前が・・・」

 そこまで言った時だった。

「っくしゅん!」

 タイミングよく、アンジェリークがくしゃみをした。

「ご! ごめんなさいっ!」

 ――――私の、ばかばか!! レインがせっかく何か重大なことを告白しようとしていたのに!

 後悔してもどうにもならない。
 ただただ己の愚行を責め立てていると、

「ぶっ!」

「え?」

 レインが盛大に吹き出した。

「あはは! お前って奴は」

 邪魔されたはずなのに、レインの笑いは止まらない。
 ひとしきり笑い転げてから、アンジェリークの手を取って、その場に座らせた。

「ほら、寒いんだろう?」

 レインは持っていた包みを開くと、そこからマフラーを取り出した。

「これって、さっきのプレゼント?」

「ああ。さっそく役に立ったな」

 レインはそれをアンジェリークの首にかけようとした。

「ま、待って!」

 思い切って、アンジェリークはマフラーの片方をレインに差し出す。

「私ばっかり温かいのは不公平だわ。レインも一緒に・・・」

 嫌がられたらどうしようかとドキドキしたが、思い切って言ってみた甲斐はあった。

「ああ、そうか。分かった」

 レインはあっさりうなずくと、アンジェリークの首に巻いた余りを、自分の首にも巻いた。
 ひとつのマフラーを二人で巻くというのは、意外と相手と体が密着する。
 胸の鼓動を聞かれてしまうのが恥ずかしくて、アンジェリークは口を開いた。

「ねえ、レイン。さっきの続きなのだけれど」

「ん? ああ、あれは延期だ」

 あっさりとレインは言い切った。

「今日は機会を逸してしまったからな。また日を改めるよ」

「そ、そう・・・」

 内容はどのようなものか分からないが、何だかとても残念な気がする。
 しかし、アンジェリークにはもっと気がかりなことがあった。

「あ・・・あのね、レイン。ひとつ聞きたいことがあるの」

 駄目だ。ここで黙っては。
 こんな時でないと、レインと話す機会もないのだ。

 アンジェリークは勇気を奮い、ずっと気になっていたことを口にした。

「レインは、誰か好きな子がいるの?」

「えっ?」

「ごめんなさい。ロシュとの会話、聞いてしまって・・・」

「・・・・・・」

 答えを聞くのが怖かった。
 でも、いつまでも答えを先延ばしにもできない。

「ずっと気になっていたの。私・・・」

 レインが好きだから。
 そう続けようと思ったのだが、レインのほうが早かった。

「お前って奴は本当に、どんどん人のペースを乱すんだな。せっかく改めようと思ったのに」

「え?」

 首をかしげたとともに、アンジェリークはレインに抱き寄せられた。
 驚きはそれだけではない。
 耳元には、レインのかすれた声が聞こえた。

「お前が好きだよ」

「!」

 息が詰まって声が出ない。
 驚きで凍りついているアンジェリークに、今度はレインが問い返す。

「お前は? お前はどうなんだ? オレのこと・・・」

 そんなこと、考えるまでもない。
 アンジェリークは即座に答えた。

「私も、レインが好きよ!」

 レインはその言葉にほんのりと顔を上気させたが、すぐに蕩けるような笑みを浮かべると、静かにアンジェリークを抱きしめた。






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