聖なる夜
4
「アンジェリーク」 パーティも終わりを告げ、生徒もそれぞれ帰路につき始めている。 笑顔があふれる人の波を抜けてアンジェリークに話しかけてきたのは、ニクスだった。 すれ違う生徒に丁寧に挨拶をしながら、ようやくアンジェリークの前にたどりつく。 「今日は楽しみましたか?」 「はい、とっても!」 出し物はすべて素敵だったし、出された料理はおいしかったし、プレゼントも天使をかたどった可愛いブローチだった。 どれをとっても大切な思い出になる。 笑顔のアンジェリークを見たニクスは、そっと手を差し出した。 「そうですか。では、少しだけ、私にあなたの時間をいただけませんか?」 「え? ええ」 アンジェリークは出された手に、恐る恐る自分のそれを重ねる。 ニクスの手は、予想外に冷たかった。 「どうぞ、こちらへ」 ニクスはいつの間に手配したのか、劇場前に止まっていた馬車にアンジェリークを導く。 彼の手を借りて乗り込むと、間もなく馬車は動き始めた。 「どこへ行くんですか?」 「それは着いてからのお楽しみです」 思わせぶりな笑顔を見せるだけで、ニクスはそれ以上何も答えてはくれなかった。 仕方なく、アンジェリークは窓の外の景色を眺める。 景色は、ウォードンの華やかな明かりが消えていき、静かな街道を馬のひづめの音だけが響いている。 ――――ニクスさんは、どこへ行くつもりなのかしら。 変わりゆく風景に、アンジェリークはちらりとニクスに視線を送ったが、彼は相変わらず涼やかな笑みを浮かべているだけ。 しばらくそんな時間が過ぎた。 「そろそろ着きますよ」 ニクスがそう言うと、間もなく馬車は止まった。 「ここは・・・?」 彼に再び手を借りて馬車を降りる。 目の前には、大きな天使の像と、その周りに真っ白な噴水があった。 「ここって、天使の広場ですよね」 暗くて、着いてみるまでどこに向かっているのか分からなかったが、ここはメルローズ女学院の近く。 アンジェリークにもなじみ深い場所だった。 だが、いつも人のいる広場には、今はだれもいない。 ただ、月の明かりを受けた噴水の水面がきらきらと輝いている。 「綺麗・・・」 普段太陽の光を思い切り受けてきらめいている噴水も好きだが、こうして月明かりに照らされた夜の噴水も素敵だ。 「私、夜の噴水って初めて見ました」 「それは、寮の門限がありますからね。こんな時間に外へなど出る機会はないでしょう」 ニクスははしゃぐアンジェリークを、満足そうに眺めている。 「私はたまに、夜の広場を散策することがありましてね。この光景を、ぜひあなたにお見せしたかったのです。今晩晴れてくれて良かったですよ」 気に入っていただけましたか? と問われたので、アンジェリークは即座に答えを返す。 「はい、もちろん!」 アンジェリークは噴水の淵に腰をかけた。 水面には月が映り込んでいる。 手を伸ばせば、届きそうな所にあった。 「えい」 思い切ってアンジェリークは手を伸ばした。 ――――あともう少し。 さらに身を乗り出してみる。 指先が水面に触れそうな位置に・・・。 「おやおや。そんなにはしゃいでは危ないですよ」 苦笑を含んだニクスの言葉が聞こえたと思ったとたん。 「!」 ぎゅっと、後ろから抱き締められた。 水に移ったニクスは、アンジェリークの耳元に唇を寄せると、くすりと笑みをこぼす。 「楽しそうにするあなたはとても愛らしいのですが、どうか、私の手の届くところに、いてくださいね」 ぞくりと身が震えた。 穏やかな声なのに、身動きすることができない。 体は凍りついてしまったように、彼の腕の中に納まっている。 「いいですか、アンジェリーク?」 とろりと囁かれる声。 ゆっくり時間をかけて染み渡るニクスの声は、まるで魔法のようにアンジェリークの胸に小さな明かりを灯す。 アンジェリークは彼に対して、ただうなずくことしかできなかった。 |