聖なる夜
4
「困ったわ・・・」 もうパーティも終わり、アンジェリークも帰ろうと、寮まで送ってくれるというサリーとハンナを待っていた。 馬車を寄せてくれるというので、お言葉に甘えて、他の生徒の邪魔にならないよう門の隅に立っていたのだが。 急に一陣の突風が吹き、その瞬間、アンジェリークの肩にかけていたショールが飛ばされてしまったのだ。 どういうタイミングなのか、ふわりと浮きあがったかと思うと、それは入り口脇の木の枝に引っかかってしまった。 「えい!」 どんなに手を伸ばしてみても、指の先ほどもかすらない。 そもそも一人ではどう頑張っても、どうにかなる高さではなかった。 「どうしましょう・・・」 「どうしたんだい?」 おっとりとした声に、アンジェリークは振り返る。 「ジェイドさん! 実は」 後ろから近づいてきた購買部のお兄さんに、木の上のショールを指差す。 「風に飛ばされてしまったんです。でも、どうしても取れなくて・・・」 「なあんだ。そんなこと。俺に任せておいて」 ジェイドはアンジェリークの不安を打ち砕くように、にっこり笑った。 「簡単だよ。俺につかまって」 「え? ・・・きゃあっ!」 突然アンジェリークの視界が高くなる。 何が起こったのか分からないでいると、下からジェイドの声がした。 「ほら、俺が君を抱え上げているから、早くそのショールを取るといいよ」 「は、はい」 アンジェリークは、不安定な体勢のまま、何とかショールを手にした。 と同時に気がつく。 彼が自分の腰を掴んで、彼のたくましい肩に乗せられている、と言うことに。 「きゃああっ!」 「えっ!?」 急に恥ずかしさがこみあげてきて、アンジェリークは思わず悲鳴を上げた。 その声にジェイドの手がわずかに動いた。 その瞬間。 「きゃあっ!!」 アンジェリークの身はずるりと下に落ちる。 「あ、アンジェ!」 慌ててジェイドがアンジェリークの体を抱き寄せた。 「!!」 ――――あれ? ジェイドにぶつかりながら、何とか地面への激突は免れた。 押しつぶす勢いでぶつかったのに、痛みは全くなかった。 否、あったかもしれないが、そんなものは感じられなかったのだ。 ――――今・・・。 温かい感触があったのだ。 確かに、今。 唇に。 「私・・・!」 唇を抑えてジェイドを見る。 すると、彼も口元を押さえていた。 「もしかして、今触れたのって・・・」 「あ、うん。唇だね」 「!」 こともなげにジェイドが言い切った。 瞬間、さっと顔に血が集まる。 それって、もしかして、でもなくて・・・。 「ごめんなさい! わ、私、そんな、そんなことになるとは思わなくて! わざとじゃなくて!」 慌てふためくアンジェリークは、何故か謝った。 そうでもしないと、顔から火が出て倒れてしまいそうだった。 「とにかく、ごめんなさい!」 「いや、気にしなくていいよ」 パニック寸前のアンジェリークに対し、ジェイドはどこまでも冷静だ。 そうは言っても、気にしなくていいというのは、ちょっと、というかかなりショックだった。 複雑な気分で、何気なく彼を見る。 「じぇ、ジェイドさん!?」 見てびっくりした。 手を放したジェイドの口元からは、一筋の血が流れ落ちていた。 「も、もしかして、そんなに強くぶつかってしまったんですか!?」 アンジェリークは慌ててハンカチを取り出すと、彼の血をぬぐう。 「私は何ともなかったのに・・・」 「たまたま打ち所が悪かっただけだよ」 心ときめかせている場合じゃなかった、とアンジェリークは真っ青になった。 そもそも、元々はショールを気に掛けたりしなければこんなことにはならなかったのだ。 「私のせいで」 「ううん。全然君は悪くないよ。だって」 ジェイドはそっとアンジェリークの唇を指でふさぐ。 「君と少し激しいキスできたと思えば、ね」 「!」 引いたはずの熱が急激に沸騰して、アンジェリークはジェイドの言葉以降、友達二人が迎えにくるまでの時間、何もかも覚えていなかった。 |