聖なる夜




「困ったわ・・・」

 もうパーティも終わり、アンジェリークも帰ろうと、寮まで送ってくれるというサリーとハンナを待っていた。
 馬車を寄せてくれるというので、お言葉に甘えて、他の生徒の邪魔にならないよう門の隅に立っていたのだが。

 急に一陣の突風が吹き、その瞬間、アンジェリークの肩にかけていたショールが飛ばされてしまったのだ。
 どういうタイミングなのか、ふわりと浮きあがったかと思うと、それは入り口脇の木の枝に引っかかってしまった。

「えい!」

 どんなに手を伸ばしてみても、指の先ほどもかすらない。
 そもそも一人ではどう頑張っても、どうにかなる高さではなかった。

「どうしましょう・・・」

「どうしたんだい?」

 おっとりとした声に、アンジェリークは振り返る。

「ジェイドさん! 実は」

 後ろから近づいてきた購買部のお兄さんに、木の上のショールを指差す。

「風に飛ばされてしまったんです。でも、どうしても取れなくて・・・」

「なあんだ。そんなこと。俺に任せておいて」

 ジェイドはアンジェリークの不安を打ち砕くように、にっこり笑った。

「簡単だよ。俺につかまって」

「え? ・・・きゃあっ!」

 突然アンジェリークの視界が高くなる。
 何が起こったのか分からないでいると、下からジェイドの声がした。

「ほら、俺が君を抱え上げているから、早くそのショールを取るといいよ」

「は、はい」

 アンジェリークは、不安定な体勢のまま、何とかショールを手にした。
 と同時に気がつく。
 彼が自分の腰を掴んで、彼のたくましい肩に乗せられている、と言うことに。

「きゃああっ!」

「えっ!?」

 急に恥ずかしさがこみあげてきて、アンジェリークは思わず悲鳴を上げた。
 その声にジェイドの手がわずかに動いた。

 その瞬間。

「きゃあっ!!」

 アンジェリークの身はずるりと下に落ちる。

「あ、アンジェ!」

 慌ててジェイドがアンジェリークの体を抱き寄せた。

「!!」

 ――――あれ?

 ジェイドにぶつかりながら、何とか地面への激突は免れた。
 押しつぶす勢いでぶつかったのに、痛みは全くなかった。
 否、あったかもしれないが、そんなものは感じられなかったのだ。

 ――――今・・・。

 温かい感触があったのだ。
 確かに、今。
 唇に。

「私・・・!」

 唇を抑えてジェイドを見る。
 すると、彼も口元を押さえていた。

「もしかして、今触れたのって・・・」

「あ、うん。唇だね」

「!」

 こともなげにジェイドが言い切った。
 瞬間、さっと顔に血が集まる。
 それって、もしかして、でもなくて・・・。

「ごめんなさい! わ、私、そんな、そんなことになるとは思わなくて! わざとじゃなくて!」

 慌てふためくアンジェリークは、何故か謝った。
 そうでもしないと、顔から火が出て倒れてしまいそうだった。

「とにかく、ごめんなさい!」

「いや、気にしなくていいよ」

 パニック寸前のアンジェリークに対し、ジェイドはどこまでも冷静だ。
 そうは言っても、気にしなくていいというのは、ちょっと、というかかなりショックだった。
 複雑な気分で、何気なく彼を見る。

「じぇ、ジェイドさん!?」

 見てびっくりした。
 手を放したジェイドの口元からは、一筋の血が流れ落ちていた。

「も、もしかして、そんなに強くぶつかってしまったんですか!?」

 アンジェリークは慌ててハンカチを取り出すと、彼の血をぬぐう。

「私は何ともなかったのに・・・」

「たまたま打ち所が悪かっただけだよ」

 心ときめかせている場合じゃなかった、とアンジェリークは真っ青になった。
そもそも、元々はショールを気に掛けたりしなければこんなことにはならなかったのだ。

「私のせいで」

「ううん。全然君は悪くないよ。だって」

 ジェイドはそっとアンジェリークの唇を指でふさぐ。

「君と少し激しいキスできたと思えば、ね」

「!」

 引いたはずの熱が急激に沸騰して、アンジェリークはジェイドの言葉以降、友達二人が迎えにくるまでの時間、何もかも覚えていなかった。







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