聖なる夜




「ヒュウガ先生の舞踊、とっても素敵でした!」

 パーティは終わりにさしかかっている。
 アンジェリークは先ほど有志の発表の際、故郷の舞を見せて喝采を浴びたヒュウガのもとに駆け寄っていた。

「あんなにしなやかな舞、初めて見ました!」

「そうか。気に入ってもらえたのなら、参加して良かった」

 言葉は少ないが、いつも表情のあまり変わらないヒュウガの口元には、うっすら笑みが浮かんでいる。
 アンジェリークの言葉を、素直に喜んでいた。

「先生の故郷は、キリセですよね」

「ああ。良く知っていたな」

 調べましたから、など言えるわけがない。
 アンジェリークは、

「ええ、まあ・・・」

 とうなずくことしかできなかった。
 ごほん、とわざとらしく咳払いをすると、気持ちを切り替えるように話題を振る。

「私、キリセについてはあまり詳しく知らないんですが、どんな所なんですか?」

 キリセは東方の島国だ。
 ファリアンから出る船で向かうことができるのだが、距離が遠いため、なかなか訪れる機会もない。
 また、キリセまで旅行をしてきた、と言う友達も身近にいなかった。
 地名は知っているけれど、実は良く知らない。
 それがキリセだった。

「この大陸とは違った、独特の文化がある」

「独特と言うと、コズみたいな感じですか?」

 南のコズも、このあたりとは違った文化がある。
 しかし、ヒュウガははっきりと首を振った。

「いや、コズともまた別の文化だ」

「さっきの舞もそうですが、他にどんなものがあるんですか?」

「そうだな・・・」

 ヒュウガは手元にあったグラスを指差した。

「たとえば、飲み物を飲む容器だが、このようにガラス製ではなく、土から作るものがある」

「土!?」

 それでグラスが作れるというのか。

「それって、大丈夫なんですか? 衛生的に・・・」

「ああ、元の材料が土と言うだけで、別に土の上に飲み物を注ぐわけではない」

「そ、そうですよね・・・」

 うなずきつつも、土から作るグラスのイメージができない。
 土器のようなものだろうか。
 釈然としないアンジェリークに、ヒュウガは別のものを指す。

「そうだな。では、これはどうだ。ここに飾ってあるフラワーアレンジメント」

 テーブルの上には、花瓶の中に色とりどりの花が挿してある。

「キリセでは、剣山と言う針山の上に花を生けるのだ」

「針!? 針にお花を挿してしまうんですか!?」

 そんな物騒なものが好まれているというのか。
 そもそも、なぜ針に花を挿さなければならないのか。
 先ほどにまして頭を抱えてしまったアンジェリークに、珍しくヒュウガも困惑している。

「ふむ。どう言ったものか・・・」

 ヒュウガもうまく説明できないでいるのが、もどかしいようだ。
 何と説明して良いか、本気で悩んでいる。
 これでは、何を説明しても、さらに彼女を混乱させるだけだ。

 アンジェリークはアンジェリークで、ヒュウガの言葉を理解しようと頑張っているのだが、どうにも想像できないので、納得するまでには至っていない。

 二人で仲良く頭をひねる。

「そうか・・・!」

 ようやく一つの答えを得たのは、ヒュウガだった。

「そんなに興味があるのなら、実際に見てみれば良い」

「そ、それはそうですが、私、行ったことがないので、一人で行けるか・・・」

「何故一人で行く必要がある?」

「え?」

 それって・・・。

 期待のこもったまなざしを向けると、ヒュウガは頼もしくうなずいた。

「ああ。連れて行ってやる。最も、今すぐに、と言うわけにはいかないが」

 行くとなれば、一日では行けないからな、と言うヒュウガは気づいているだろうか。
 確かに、距離的にも日帰りで行ってくるのは無理だ。

 しかし、それはつまり・・・。

「アンジェリーク?」

「え? いえ、私は別に何もやましいことは考えていません!」

「は?」

 真っ赤になってしまったアンジェリークに、ヒュウガはただ眉を寄せることしかできなかった。






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