聖なる夜




「マティアスさん!」

 パーティも終わり、生徒もほとんどがもう会場を後にしていた。
 その中で、アンジェリークはやっと、会いたいと思っていた人物を見つけ出した。

「ああ、アンジェリーク」

 マティアスはその場にいた業者らしい人々に何やら指示を出すと、アンジェリークのほうへとやってきた。

「どうしました? 私に何か用でも?」

「はい。どうしても言いたいことがあって」

 アンジェリークはドレスの裾をひらりと揺らしながら、深々とお辞儀をした。

「マティアスさん。今日のパーティ、とても素敵でした。企画してくださって、ありがとうございました」

「え?」

 アンジェリークの言葉に面食らった様子のマティアスは、目を見開いた。
 瞬きする間に、彼の顔は苦しそうに歪んだ。

 ――――この表情。

 そう言えば、この間も見た。
 ルネと一緒にいた時だ。
 あの時からずっと引っかかっていたのだ。

「マティアスさん、もしかして、私とても失礼なことを言っているんですか?」

 アンジェリークは思い切って訊いてみた。
 すると、マティアスははっとして彼女を凝視する。

「すみません。私としたことが・・・」

「どうしてマティアスさんが謝るんですか? 私がいけないことを言ってしまったのに」

「いえ、本当に違うのです」

 言い訳するように言葉を募ったマティアスだったが、あたりにまだ人がいることを確認すると、

「失礼。こちらへ」

「!」

 アンジェリークの肩を抱くと、ゲストルームへと導いた。
 すたすたと歩いて行く彼について行くのが精いっぱいだ。

 マティアスに従って、アンジェリークはとある部屋へ足を踏み入れる。
 本来は来賓客の休憩室である一室は、アンジェリークとマティアスの二人きり。
 しかも彼に肩を抱かれているのだ。
 身を固くしたアンジェリークに気がついたマティアスは、慌てて手を放した。

「これは、失礼いたしました」

「い、いえ。それより、どうしたんですか?」

 どきどき高鳴る胸を押さえながら、それでもずっと気になっていることを切り出した。

「私、何かいけないことを言ってしまったのですよね? すみませ・・・」

「アンジェリーク」

 謝りかけたアンジェリークの言葉を、マティアスは無理矢理遮った。

「どうか、聞いてください。そして、どうか他言無用にお願い致します。そなたにだけは、隠しておくことはできません」

「何を・・・?」

「驚かれるでしょうが、私は理事などではありません」

「!?」

 一瞬、何を言われているのか分からなかった。

「本当の理事は別にいます。私はその方の代理なのです。ですから、このイベントの発起人も私ではありません」

「・・・・・・」

「だますような真似をして、申し訳ありません」

 マティアスは丁寧に頭を下げる。
 それでようやくアンジェリークは我に返った。

「謝らないでください! 私、どんな事情があって、マティアスさんが理事代理になっているのか分かりません。でも、やっぱりマティアスさんにもお礼が言いたいんです」

「何故? 私は理事でも、この企画の発案者でもないのに・・・」

「たぶん、それはきっと、この気持ちとは関係ないんです」

 今、初めて自覚した。
 きっと、ずっと彼に言いたかったのは、たった一言だったんだと。

「マティアスさん。会いたかったんです。だから、再びこうしてお会いできて、嬉しい」

「アンジェリーク・・・こんな私でも良いと・・・? ずっとあなたをだましていたのに・・・」

「いいえ、マティアスさんはずっと企画の中心で頑張ってくださっていました。だから、理事じゃないとか、発案者じゃないとかは、かまわないんです」

「アンジェリーク・・・」

 アンジェリークは、改めてお礼を口にした。

「今まで頑張ってくださって、素敵な一夜をありがとうございました」

 再び彼女が顔を上げた時。
 そこには、満たされた幸せをいっぱいに表したマティアスの微笑みがあった。
 初めて見る、本当の彼の微笑みに、アンジェリークも顔を赤く染めながら、思わず口元をほころばせていた。






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