聖なる夜




「エレンフリートさん!」

 パーティも終わり、生徒もまばらになった劇場。
 盛り上がっていたときを知っているだけに、パーティが終わった後の会場は無性に寂しさを感じる。
 そんな空間に、アンジェリークの探していた人物はいた。
 エレンフリートはアンジェリークの姿をとらえると、眼鏡を押し上げた。

「ああ、アンジェリークですか。どうでした? 素晴らしいパーティだったでしょう?」

「ええ。とっても楽しかったです」

「当然です。私が企画にかかわったのですから」

 ふふん、とエレンフリートは不遜に言い切った。
 しかし、顔はこみ上げる笑いを抑えきれていない。
 彼もこのパーティが成功に終わったことを、喜んでいるのだろう。

「ところで、何か私に用があったのではないですか?」

「あ、そうなんです」

 アンジェリークは小さな包みを取り出した。

「これは・・・」

「クリスマスプレゼントです」

「ぷ、プレゼント!?」

 エレンフリートはいつもからは想像もできないほど、素っ頓狂な声を上げた。

「ぷ、ぷ、ぷ、プレゼント、ですか?」

「はい。そうなんです、これなんですけれど・・・」

 アンジェリークは容赦なく包みを開ける。

「え? あ、あの・・・」

 あっけにとられるエレンフリートの目の前に、指輪ケースがあらわれ、ぱかりとふたが開けられた。
 そこには、シルバーのリングが入っていた。

「これなんですが、さっきのプレゼントくじのとき、どうやら間違えて男性用のプレゼントをもらってしまったみたいなんです」

「は?」

「エレンフリートさん、もしよかったら、もらってもらえませんか?」

 私が持っていても仕方ないものですし、と言ってアンジェリークが差し出す指輪を、エレンフリートは茫然と見つめる。

「エレンフリートさん?」

「な、何です?」

「ご迷惑でしたか? もし必要のないものでしたら、誰かほかの方に・・・」

「待ってください。誰もいらないなどとは言っていません」

 はっとして、慌ててエレンフリートが指輪をひったくった。

「あなたがどうしてもというのでしたら、受け取って差し上げます!」

「? そうですか。でしたら、どうぞ」

「ふん」

 エレンフリートは無造作に指輪を取り出す。
 本当に、何の変哲もないシルバーリングだ。

「試しにはめてみましたが、私の指には全然合わなかったんです」

「そ、それは、女性のあなたが男性用のリングをつければ、そうなるでしょう」

 仕方ありませんね、と言って彼はリングを薬指にはめてみた。

 ――――が。

「あ、あれ?」

 指が細くて、うまくリングがおさまらない。

「こ、これはほかの指のものなのでしょう」

 気を取り直して、中指に入れる。
 結果は先ほどと同じ。

「・・・いえいえ。まさかまさか」

 前髪を振りはらうと、今度は思い切って親指に突っ込む。
 それでも。

「大きい、ですね」

 どんなに頑張ってみても、いきなり指の大きさは変えられない。
 明らかに落ち込んでしまったエレンフリートに、アンジェリークはしかし、朗らかな笑みを浮かべた。

「まだ大きかったんですね。でも、エレンフリートさんは指、綺麗ですし、これから成長するんですから。すぐにぴったりはまるようになりますよ」

 慰めはいりません、と言いたいところだが、アンジェリークがそういう意味で気を遣っているわけではない、というのがすぐに分かった。
 これは彼女の本音だ。
 だから、エレンフリートはアンジェリークの手を握った。

「でしたら、責任を取ってください。私はすぐにこの指輪をはめられるようになりますから! それまで、絶対に待っていてください!」

 身を乗り出して宣言した彼に対して、アンジェリークは嬉しそうにうなずいた。






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