聖なる夜
4
「ふう・・・」 人の熱に当たったのか、急に外の風を感じたくなって、アンジェリークは劇場裏の庭に出た。 室内ではまだパーティが続いている。 さっきまでは身近にあったゆったりした音楽は、どこか遠くに聞こえる。 アンジェリークが外に出たのには、もう一つ理由があった。 「ジェットさんがいなかったわ」 パーティが始まってからずっと探していたのだが、彼の姿がどこにも見えない。 準備には加わっていたのだから、てっきり会場にも来ているのだと思ったのだが。 「やっぱり、用務員じゃあ、完全な関係者じゃないものね」 言いながら、胸のあたりが鉛を載せられたように、重くなっていった。 「私、一人で浮かれて・・・」 パーティのときにまた会える。 それは勝手な思い込みだったようだ。 楽しいはずのパーティは、たった一人見つからないだけで、心から楽しむことができなかった。 「ジェットさん・・・」 急に涙がこみ上げてきたときだ。 「!?」 突然目の前の植木が揺れて、大柄な人物が姿を現した。 黒づくめの格好は、闇夜に同化して見づらかったが、アンジェリークにはそれが誰か、すぐに分かった。 「ジェットさん!」 「呼んだか、アンジェリーク」 相変わらずの無表情。 だが、その顔を見た途端、アンジェリークの目には、先ほどとは違う意味の涙がにじんだ。 「どうした。どこか具合でも悪いのか」 取り乱した様子はないものの、ジェットは足早に近寄ってくると、アンジェリークの額に手をあてた。 ――――あ・・・。 ひんやりしている。 もしかして、ずっと外にいたのだろうか。 「発熱は感じられない。と言うことは、別の要因があるのか?」 すぐに手は離れていってしまったが、冷たさは残っている。 それがアンジェリークには嬉しかった。 「風邪の症状もなし。と言うことは、パーティ内で料理を食べすぎて気分が悪くなった確率、九十七パーセント・・・」 「そんなわけありません!」 そこまで食い意地が張っていると思われているのだろうか。 だとしたらショックだ。 しかも九十七パーセントって・・・。 力を込めて否定されたほうのジェットは、ふむ、と言ってしばし考え込む。 彼にどう思われているかはこの際置いておくとして。 ここで会えたことは、本当に幸運だった。 その油断が、アンジェリークに隙を作った。 「っくしゅん!」 急に鼻がむずむずして、くしゃみをしてしまった。 ――――やだ、私ったら! 恥ずかしい。 アンジェリークは顔をそらし、自分の失態を激しく攻めた。 と、いきなり後ろから手が伸びてきた。 「えっ!」 驚いている間に、あっさりとアンジェリークはその腕につかまる。 「!?」 抱きしめられている、と気がつくのに、少し時間がかかった。 「じぇ、ジェットさん!?」 なぜ急に彼はこんなことをしたのか。 答えが得られないアンジェリークの頭の中は、真っ白だ。 それに対して、ジェットの声は相変わらず平坦だった。 「そんな薄着で外に出ているのだ。体が冷えて当然だ」 そう言って、アンジェリークを自分のコートの中におさめる。 きっと、彼には特別な意味があっての行為ではないのだろう。 「まだ寒いか?」 「・・・いいえ」 アンジェリークはギュッとジェットの腕をつかんだ。 たくましい腕に抱かれている。 すぐ近くに彼の息遣いを感じる。 信じられない状況だった。 「そろそろ戻ったほうが良いのではないか?」 「いいえ。もう少しこのままで・・・」 寒いのなら、室内に戻ったほうがいいに決まっている。 ここにいたいというアンジェリークに対し、ジェットはもっと室内に戻るよう勧めるかと思った。 しかし。 「そうか」 彼は短くそう言って、ただもう少し強く、抱きしめてくれた。 |