聖なる夜



「ふう・・・」

 人の熱に当たったのか、急に外の風を感じたくなって、アンジェリークは劇場裏の庭に出た。
 室内ではまだパーティが続いている。
 さっきまでは身近にあったゆったりした音楽は、どこか遠くに聞こえる。
 アンジェリークが外に出たのには、もう一つ理由があった。

「ジェットさんがいなかったわ」

 パーティが始まってからずっと探していたのだが、彼の姿がどこにも見えない。
 準備には加わっていたのだから、てっきり会場にも来ているのだと思ったのだが。

「やっぱり、用務員じゃあ、完全な関係者じゃないものね」

 言いながら、胸のあたりが鉛を載せられたように、重くなっていった。

「私、一人で浮かれて・・・」

 パーティのときにまた会える。
 それは勝手な思い込みだったようだ。
 楽しいはずのパーティは、たった一人見つからないだけで、心から楽しむことができなかった。

「ジェットさん・・・」

 急に涙がこみ上げてきたときだ。

「!?」

 突然目の前の植木が揺れて、大柄な人物が姿を現した。
 黒づくめの格好は、闇夜に同化して見づらかったが、アンジェリークにはそれが誰か、すぐに分かった。

「ジェットさん!」

「呼んだか、アンジェリーク」

 相変わらずの無表情。
 だが、その顔を見た途端、アンジェリークの目には、先ほどとは違う意味の涙がにじんだ。

「どうした。どこか具合でも悪いのか」

 取り乱した様子はないものの、ジェットは足早に近寄ってくると、アンジェリークの額に手をあてた。

 ――――あ・・・。

 ひんやりしている。
 もしかして、ずっと外にいたのだろうか。

「発熱は感じられない。と言うことは、別の要因があるのか?」

 すぐに手は離れていってしまったが、冷たさは残っている。
 それがアンジェリークには嬉しかった。

「風邪の症状もなし。と言うことは、パーティ内で料理を食べすぎて気分が悪くなった確率、九十七パーセント・・・」

「そんなわけありません!」

 そこまで食い意地が張っていると思われているのだろうか。
 だとしたらショックだ。
 しかも九十七パーセントって・・・。

 力を込めて否定されたほうのジェットは、ふむ、と言ってしばし考え込む。
 彼にどう思われているかはこの際置いておくとして。
 ここで会えたことは、本当に幸運だった。
 その油断が、アンジェリークに隙を作った。

「っくしゅん!」

 急に鼻がむずむずして、くしゃみをしてしまった。

 ――――やだ、私ったら! 恥ずかしい。

 アンジェリークは顔をそらし、自分の失態を激しく攻めた。
 と、いきなり後ろから手が伸びてきた。

「えっ!」

 驚いている間に、あっさりとアンジェリークはその腕につかまる。

「!?」

 抱きしめられている、と気がつくのに、少し時間がかかった。

「じぇ、ジェットさん!?」

 なぜ急に彼はこんなことをしたのか。
 答えが得られないアンジェリークの頭の中は、真っ白だ。
 それに対して、ジェットの声は相変わらず平坦だった。

「そんな薄着で外に出ているのだ。体が冷えて当然だ」

 そう言って、アンジェリークを自分のコートの中におさめる。
 きっと、彼には特別な意味があっての行為ではないのだろう。

「まだ寒いか?」

「・・・いいえ」

 アンジェリークはギュッとジェットの腕をつかんだ。
 たくましい腕に抱かれている。
 すぐ近くに彼の息遣いを感じる。
 信じられない状況だった。

「そろそろ戻ったほうが良いのではないか?」

「いいえ。もう少しこのままで・・・」

 寒いのなら、室内に戻ったほうがいいに決まっている。
 ここにいたいというアンジェリークに対し、ジェットはもっと室内に戻るよう勧めるかと思った。

 しかし。

「そうか」

 彼は短くそう言って、ただもう少し強く、抱きしめてくれた。






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