聖夜




「はあっ、待って、レイン、息が・・・!」


 腕を掴まれていきなり走り出して。
 レインにつられて一緒に走ってきたアンジェリークだったが、そろそろ体力の限界だったらしい。
 息も絶え絶えそう訴えると、レインははっとしたようにいきなり立ち止った。


「悪い、大丈夫か?」

「きゃっ!」


 急には止まれなくて、アンジェリークは前のめりに倒れかける。
 レインはそれをすかさず抱きとめた。


「ご、ごめんなさい」

「いや、オレのほうこそ、すまない。急に連れ出してしまって」


 あ、と言って、彼はアンジェリークの足元に膝をついた。


「悪い、かかと、擦り剥けている」

「きゃっ! レイン!?」


 軽々抱きあげられて、アンジェリークは悲鳴を上げた。
 履きなれないヒールの靴で全力疾走したために、かかとは赤く擦り剥けている。
 寒さと走るのに夢中で気付かなかった。
 だが、その痛みを自覚するより先に、レインが抱えあげたので、それどころではなくなった。


「いいの、それよりおろして。大丈夫。歩けるわ」

「駄目だ」


 頑としてレインは譲らない。
 アンジェリークを抱えたまま、迷いない足取りで進み続ける。


 ――――あ。


 間近で見る凛々しい横顔に、アンジェリークは言葉を失ってうつむいた。


「どうした? 寒いか?」

「あ・・・いいえ。大丈夫」

「大丈夫じゃないだろう。悪かった。温かい所へ行こう」

「戻るの?」


 ぽつりと問うアンジェリークの声には、少し不満の色があった。
 ハンナとサリーに誘われた、クリスマスパーティ。
 レインに同行してもらえたことは嬉しかったが、アンジェリークには会場に戻りたくない理由があった。


「レインが連れ出してくれなかったら、きっと私が同じことをしていたわ」


「えっ」


 心底意外だったのだろう。
 レインは目を見開いた。


「どうしたんだ。いきなり。そんなにあのパーティがつまらなかったのか?」

「いいえ、そうじゃないわ。でも・・・だって、あそこには、レインを見つめる女の子がたくさんいるんだもの」

「アンジェ・・・」


 しばし言葉を失うレイン。
 会場の中には、サリーとハンナの同級の女の子や、同じ年頃の男の子も多数来ていた。
 アンジェリークは、嫌でも目を引くレインに、女の子たちの熱い視線が向くのが耐えられなくなったのだ。


「ごめんなさい。私、結構欲張りだったのね。だから、レインが急にあの会場から連れ出してくれたとき、とても嬉しかった」


 これ以上、レインが女の子たちの視線にさらされなくて済むので。


「これも我が侭だわ。私は会場に戻りたくない、なんて」

「そんなことないさ。お前がそれで良いなら、オレに不満なんてない」


 レインは突然、アンジェリークの額にキスを落とした。


「! レイン!?」

「ははっ、そんなに驚かなくても良いだろう」


 そう言って、もう一つ。


「・・・レイン、これからどこへ行くの?」

「お前はどこへ行きたい?」

「私? 私は・・・」


 ――――レインと二人きりになれるなら、どこでも。
 正直に想いを告げると、レインはとびきり甘く蕩けるような笑顔を見せた。


「奇遇だな。オレも、同じだ」

「嬉しい・・・」


 どこへでも連れて行ってほしい。
 その気持ちが伝わったのか、レインは笑みを浮かべたままうなずいた。


 ――――聖なる夜に、二人だけの時間。
 これから迎えるであろう祝福の時に、二人は静かに心を躍らせていた。






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