新婚




 カーテンから漏れた朝日が穏やかに目覚めをいざなう。

「ん・・・」

 アンジェリークは誘われるままに、ゆっくりと目を開けた。
 ぼんやりとした思考のまままどろんでいると、すぐ近くからクスクス笑う声が聞こえた。

「おはよう。・・・と言っても、お前はまだ夢の中みたいだが」

「!!」

 その瞬間、アンジェリークは完全に目を覚ました。
 いつの間にか――――と言うか、ずっとそこにいたのだろうが――――最愛の人が自分の隣でやさしく微笑んでいた。

 ――――本気で心臓が止まるかと思ったわ・・・。

 寝起きにこの表情は心臓に悪い。

 エレボスを倒して、タナトスの脅威から世界を救った後、アンジェリークはレインと二人で生活を始めたのだが、まだこの距離に慣れていなかった。
 それは幸せな戸惑いに違いないのだが。

「ごめんなさい。寝坊してしまったかしら」

「いいや、いつも通りだ。オレが早く起きたんだ」

「そうなの・・・良かった」

 ほっと一安心して、すぐさま安心できないことに気がついた。

「レイン、もしかしてずっと私を見ていたの・・・?」

 間近で寝顔を見られるというのは、いくら好きな人とはいえ、とても恥ずかしい。

「ああ。よく眠っていたな」

「も、もうっ・・・・・・!」

 アンジェリークが真っ赤になっていると、レインの手が伸びてきた。

「お前がオレの隣で眠っているのが、凄く幸せなことだと思っていた」

「レイン?」

 レインは柔らかなアンジェリークの空色の髪の毛を一房掴んだ。
 それを引き寄せると、そっと恭しく唇に当てる。

「お前は笑うかもしれないが、こうしてお前がオレの側にいてくれる・・・・・・それがオレには言葉に表せないほど嬉しいんだ」

「そんなこと・・・」

 私だって同じ。
 そう続けようとしたアンジェリークの言葉は、唐突なキスに遮られた。

「!」

「お前がいて、こうしてキスしたり、笑いあったりしながら、同じ時間を過ごして、ずっと、ずっと・・・」

 おまじないのように呟きながら、その合間にレインは何度もキスを繰り返す。
 それがまるで、誓いの口付けのように神聖なものに感じられたので、アンジェリークはそっとレインの腕に手を重ねた。

「愛している」

 気がつくと、レインは同じ言葉を口にしていた。

「うん・・・私も・・・」

 愛の言葉が自分に向けられることも、それに対してはっきりとうなずけることも、どうしてこんなに幸せになれるのだろう。

 ただ隣にいられることが嬉しい。

 まだ戸惑ってしまうこともあるけれど、戸惑いが消えてもこの胸は満たされたまま。
 きっと、窒息しそうな幸せの中を、愛しい人とずっと・・・。

 ――――そのとき、図ったように時計の鐘が鳴った。

「!?」

 はっと二人は同じタイミングで文字盤を見た。

「なっ!」

「もうこんな時間!?」

 二人の世界から一気に目が覚めた。

「し、しまった! 今日は大事な研究発表が・・・!」

「それは大変だわ! 早く準備しないと」

「うわ! エルヴィン、お前、またオレのアーティファクトで爪を研いだな! 今日の発表で使う予定だったのに」

「レイン、急がないと遅れてしまうわ!」

「あ、アンジェ! 資料踏んでる!」

「えっ、きゃあっ!」

 アンジェリークの悲鳴の後、ものすごい音が部屋中響き渡った。
 先ほどまでの甘い世界は全く影も形もなくなっている。

 盛大に崩れ落ちた本の山を上手くすり抜けたエルヴィンは、呑気にあくびをしながら慌てふためく二人を静かに眺めていた。







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