添い寝
「心さんも、風邪を引くんですね」
布団に横たわる心ノ介を介抱しながら、しみじみといった感じで紗依が呟いた。
何だかだるい、という彼の熱を測ったら、見事に熱が出ていた。
赤い顔で、大丈夫だと言い張る心ノ介を無理やり布団の中に押し込め、ぬれたタオルを額に乗せての紗依の一言に、心ノ介はいささか傷ついたようだ。
「・・・それは何か。俺が何とかだから風邪を引かないという・・・」
「ち、違います! 馬鹿が風邪を引いて不思議だな、なんて思っているんじゃなくて!」
「・・・・・・」
彼女のことだから、本当にそんな風には思っていないのだろう。しかし、きっぱりと言われると結構傷つくものだ。
心ノ介は布団の中から恨めしそうに紗依を見上げた。
「ほ、本当にそんなこと思っていませんからね?」
「じーーーーーーっっ」
「な、何ですか、その疑いに満ちたまなざしは。違います。そうじゃなくて」
気を取り直すように紗依はわざとらしいくらい大きな咳払いをした。
「え、えと。生まれた場所も育った時代も違うのに、病気にかかるのは同じなんて、考えてみたら不思議だなあって」
「・・・・・」
言われてみれば、不思議なのかもしれない。
「一応、俺も人間だからな」
「もちろん、それはそうですけど」
氷枕の用意をしながら、紗依は少し微笑んだ。
「何だか親近感を抱いちゃうなって。同じ人間なんだなって、改めて思えますから」
今でこそ同じ時代に生きているとはいえ、ついこの間までは、一人は現代、一人は江戸時代で、普通に暮らしていた者同士だ。本来出会うはずもなかった。
その二人が出会い、そして思いを通わせ、一緒に生きていけるなんて、どんなに奇跡が重なったのだろう。もしかしたら、一生分の運を使い果たしたのかもしれない。
でも、それでも後悔はなかった。
離れていたときの喪失感、虚脱感、そして再会できたときの驚きと喜び、今こうして一緒にいられる幸せを思えば、他に何もいらない。
そんな紗依にとって、心ノ介と少しでも共通点があることが嬉しかった。
「じゃあ、薬を飲んでおとなしくしていれば、すぐに良くなりますよ。私、ちょっと買ってきますね」
そう言って立ち上がりかけた紗依を、心ノ介の腕が引き止めた。
「薬はいやだ」
「・・・はい?」
思わず紗依は心ノ介を見返した。
「薬はいらねえ。あんな苦いのを口にしたら、余計に具合が悪くなる」
「何子どもみたいなこと言っているんですか」
「子どもで結構。見た目は大人、中身は子ども・・・」
「それって結構質悪いですって」
「とにかくいやだ」
心ノ介は頑として首を振った。
「駄々こねていたら、良くなるものも、良くなりませんよ?」
紗依は何とか声をかけるが、心ノ介は頭から布団をかぶってしまい、顔さえ出さない。
「・・・困ったな。どうすればいいんだろう」
すると、そろそろと心ノ介が顔を出した。そして一言。
「添い寝」
「えっ? はい? 今なんて?」
聞き間違いかと思い、顔を近づけた紗依に、心ノ介はきっぱりと言い切った。
「いや、ほら、体をあっためるために、漫画とかでよくやるだろ。俺も紗依に添い寝してもらえれば、薬になんて頼らずに、風邪なんてすぐにふっとぶかな〜って」
「そ、そんなこと・・・」
「べ、別に疚しい気持ちがあるわけじゃなくて、病気になると人肌が恋しくなるって言うか」
「・・・・・・」
「あー、うそ! 今のとこ訂正! ほんと、変なことしないから!」
病床で必死に訴える心ノ介を拒否してしまうのは、何だか気が引けた紗依は、ぎゅっとこぶしを握り締める。
「わ、分かりました・・・」
ひとつうなずくと、心を決めて、布団の中にもぐりこんだ。
「え? ほんとにいいの?」
「いいの、って。心さんがそうしたいって言ったんじゃないですか」
「そ、それは、そうだな」
これも、弱気になった病人の世迷言だ、と紗依は彼に寄り添った。
ぎこちない手つきで、心ノ介も彼女を抱き寄せる。
「あたたかい・・・」
熱い吐息とともにそう呟く声が紗依の耳朶にかかって、ただでさえ緊張しているのに、さらに鼓動が跳ね上がる。
「じ、心さんはあついですね」
「いいにおいがする・・・」
「えっ、あの、何もしないって、約束ですよ」
「ああ・・・」
ほっと大きく吐き出した心ノ介の息が、紗依の首筋にかかった。かあっと紗依の頬が赤くなる。
程なくして、静かな寝息が聞こえてきた。
・・・寝たのかな?
紗依はゆっくりと顔を上げた。
「!」
寄り添っているのだから、寝顔が近くにあって当たり前なのだが、実際心ノ介の顔を見た紗依は思わず息を呑んだ。
考えてみれば、寝顔など見たことなかった。
意外と可愛い顔しているんだな・・・意外なんて言ったら怒られるかもしれないけれど。
紗依は思わず笑みをこぼした。
――――子どもみたいだ。
薬はいやだというし、そばにいてほしいと駄々をこねる。
剣を持ち、敵に襲われたときに守ってくれた彼とは、まるで別人のようだ。
紗依はそっと手を伸ばし、彼の頭をなでた。
「早く良くなってくださいね」
このあと、目が覚めた心ノ介はけろりと元気になるのだが、代わりに今度は紗依が熱で寝込むことになろうとは、今の彼女にはまるで想像できなかった。