その後
「ボリス?」
私は読んでいた本から、急に静かになった隣に視線を移した。
鮮やかなピンク色の頭が、私の肩に寄り掛かっている。
「ボリス?」
もう一度呼んでみるが、返事がない。
代わりに、気持ち良さそうな寝息が聞こえる。
…寝たんだ。
私はボリスの顔を覗き込んだ。
幸せそうに眠る顔は、やっぱり可愛い…本人にはもう絶対言ってやらないけど。
何だか穏やかな気持ちになる。
…が、それも束の間だった。
「アリス〜」
「えっ」
名前を呼ばれたかと思うと、いきなりボリスがのしかかってきた。
逃げようにも、手錠のせいで逃げられない。
間近には、悪戯が成功したときの顔が迫っていた。
「俺が寝ていると思って、油断したでしょ」
ボリスの嬉しそうな声音とは対照的に、私の口調は荒い。
「…ちょっと。重いんだけど」
ボリスは、私が怒っていることに気付きながら、あえて知らないフリをする。
「え〜、俺そんなに重くないぜ」
「重いわよ。どいて」
空いた手でボリスの胸を押し返すと、見る見るボリスが萎れていく。
「な、何よ…」
思わず言葉に詰まる。
この顔に、私は弱い。
ボリスはぽつぽつと呟くように言う。
「だって、あんたがどっか行かないように、つなぎ止めておきたいんだ」
う…。
ボリスの言葉が痛い。
前科があるだけに、これ以上強く反論できない。
「……好きにすれば良いわ」
「うん、する」
ボリスはうきうきと頬をすり寄せてきた。
さっきの萎れた様子が演技だというくらい、分かる。
なのに許してしまう。
…私はおかしい。
「何? どうしたの?」
「……何でもないわ」
ごろごろじゃれてくるボリスの頭を撫でながら、私は深いため息を吐いた。