すなおなきもち


 財団の研究室。
 いつものように始まった日常は、一つの非日常によって、大きく形を変えた。
 エレンフリートは、目の前に出されたものを見て、思わず凍りついてしまった。

「これは・・・」

「誕生日プレゼントです」


 いつものエレンフリートの朝の光景では見られない彼女、アンジェリークは、やわらかい声で答える。
 彼女の手には、オレンジ色の包み紙に包装された、プレゼントが載っていた。
 エレンフリートは包みとアンジェリークの顔を交互に眺めて、もう一度疑問を投げかける。

「誕生日プレゼントって、誰のです?」

「本気で言っているんですか? エレンフリートさんのですよ」

「私・・・?」
 
 首をかしげるばかりで、なかなかプレゼントを受け取らないエレンフリートに、アンジェリークは無理矢理包みを渡す。

「ジェットさんから聞きました。今日が誕生日だって。だから、プレゼントを持ってきたんです」

 エレンフリートは手元に握らされた包みに視線を落とした。
 何の変哲もない、ただの包み。
 しかも手のひらサイズだ。
 たいしたものが入っているはずがない。


 そう思うのに、手のひらにあるそれは、離れがたいおもいを彼に抱かせた。


「仕方ありませんね」


 前置きをしてから、そっとシールをはがしていく。


「あ・・・」


 中から出てきたのは、水色と黒のストライプの眼鏡拭きだった。


「エレンフリートさんには、実際使えるものがいいんじゃないかって、ジェットさんに伺って…その、お気に召しましたか?」


「・・・・・・」


「エレンフリートさん?」


 下からのぞきこまれて初めて、エレンフリートは自分がぼんやりしていたことに気がついた。

 ――――こんな、眼鏡拭き一枚で、私としたことが。

 ひとつ大きなせき払いをすると、努めて澄ました顔を繕う。


「まあ、使えないこともありませんね」


「普段使ってくださったら嬉しいです」


 エレンフリートは制服のポケットの中に、今包みから開けたばかりの新品の眼鏡拭きを大事にしまい込む。


「せっかくいただいたものですから、ありがたく使わせてもらいますよ」


 そっけなくそう言いながらも、顔にはどこか喜んでいる様子がうかがえた。
 言葉にはしなくても、表情からちゃんと伝わってくる。
 それだけでアンジェリークは満足だった。

「アンジェリーク」


「はい?」

 帰ろうと踵を返したところで、エレンフリートが彼女を呼び止める。

「何ですか?」

「その………ありがとうございました」


 ぽつりとこぼれた感謝の言葉。
 顔はそらしているものの、彼の顔はいつの間にか赤く染まっていた。
 そんなエレンフリートの様子に、アンジェリークはにっこりとほほ笑みを返した。







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