sweet surprise




「アンジェリーク? どこへ行くんだ」
 こっそりと陽だまり邸を抜け出せたとほっと胸をなでおろしたとたん、一番会いたくない人物に声をかけられて、アンジェリークはその場に凍りついた。
 恐る恐る振り返り、何気ない風を装ってにっこり微笑む。
「レインこそ、珍しいわね。庭にいるなんて」
「ちょっと気分転換にな。それよりお前はどうしたんだ?」
 話をそらそうとしたのに、レインはそれを許さなかった。
 何か悪いことをしたわけではないが、アンジェリークはどこか後ろめたい気持ちになった。
 昨日の夜遅くまで何やら研究をしていたので、朝早く屋敷を出れば見つからないだろうと思っていたのに。
 自分の考えが少し甘かったと、うなだれる。
 その様子を見たレインは、眉をひそめた。
「お前、また一人で無茶をしようとしているんじゃないだろうな?」
 それは先日、アンジェリークが一人でタナトスと戦おうとしたことを指している。
 結局一人ではどうにもできず、レインが来てくれなければ危ないところだった。
 レインはそれ以来、アンジェリークが一人で出歩くのを快く思っていない。
「違うわ。本当にちょっとそこまで・・・」
「じゃあ、オレも連れて行け。何かあってからじゃ遅いんだ」
 他の誰かならともかく、レインについてこられるのが一番困るのに、と心の中では反論してみたアンジェリークだったが、レインは頑として引く様子はない。
 ・・・町の入り口で待っていてもらえば、何となるかしら。
「じゃあ、お願いするわ」
「オーケー。で、どこへ行くんだ?」
「花畑の村フルールよ」



「よくきたね、アンジェリーク・・・と、どうしたんだい。そんなに息を切らして」
 以前アンジェリークが両親と住んでいた家の近所のおばちゃんは、アンジェリークの訪問を喜びつつも、彼女の様子に目を丸くした。
「い、いえ・・・特に、理由は・・・」
 肩で息をしながら、アンジェリークは笑みを浮かべた。
 フルールの村の入り口でレインに待っていてもらおうとしたところ、それで納得しなかったレインとひと悶着あり、結局は彼をまいてやっとここまでたどり着いたというわけだ。
 今頃心配しているであろうレインを想像すると、少し申し訳なかったが、どうしてもここまでつれてくるわけにはいかなかった。
 すると、アンジェリークの様子から、何を思ったのかおばちゃんはにやりと笑った。
「そんなに急いでこなくても、あれは逃げやしないよ。いいねえ、年頃の娘は」
「お、おばちゃん。変なことをいわないで」
「あはは、まあいいさ。例のものは、ほら」
 おばちゃんは中身の詰まった紙袋をアンジェリークに差し出した。
「ありがとう、おばちゃん」
「いいってことさ。それにしても可愛いじゃないか。気になる彼にそれで・・・」
「アンジェリーク!」
「!?」
 おばちゃんがしみじみ語っているところに、突然レインが駆け込んできた。
 驚きのあまりアンジェリークは思わず数歩後ろへ下がった。
 その分足取り荒くレインが近づいてくる。
「やっと見つけた。どうして逃げたりしたんだ」
「ど、どうしてここが分かったの?」
「前に一緒に来たことがあるだろう。お前に関係ありそうな人物といったら、あの時あったおばちゃんしか浮かばなかった」
 そういえば、レインは前に一度おばちゃんと会っているんだった。
 しまった、と思ったのが顔に出てしまったのだろう。レインは明らかに顔をしかめた。
「お前は何を隠しているんだ。オレに言えないことなのか?」
「そ、それは・・・」
 言いよどむアンジェリークに助けを出したのは、隣で二人のやり取りを眺めていたおばちゃんだ。
「そういう痴話げんかは、外でやってくれないかい。さあさあ、二人とも外へ出た」
 そう言っておばちゃんは二人を家から追い出した。玄関の外まで二人を追いやり、ドアを閉めようとして、ふと思い出したように一言付け加える。
「そのりんごでアップルパイを作って、仲直りするんだね」
「え?」
「おばちゃん!」
 目を見開くレインの隣で、あわてたようにアンジェリークが紙袋を抱えなおしながらおばちゃんを呼ぶ。
 しかしおばちゃんは、さっさとドアを閉めてしまった。
 残されたのは、何が何だか分からないという顔をするレインと、ばつが悪そうなアンジェリーク、そして耐え難い気まずい雰囲気。
 先に口を開いたのはアンジェリークだった。
「・・・おばちゃんが、知り合いの人からおいしいりんごをいただいたと聞いたから、少し分けていただくことにしたの。おいしいりんごでなら、おいしいアップルパイもできるかなって」
 レインの反応がないのが、さらにアンジェリークの口を動かす。
「この間助けてもらったお礼もきちんとしていなかったから、ちょうどいいと思ったの。それで、レインを驚かせたかったのよ」
 それなのに、いきなりレインに見つかるなんて。
 アンジェリークは肩を落とした。もう少しうまくやれば、成功していたかもしれない、と後悔の念が浮かぶ。
 顔を上げて、先ほどから黙り込んだままのレインをみる、と・・・。
「・・・レイン?」
 どんなにあきれているだろうと怖々視線を上げたアンジェリークだったが、ようやく状況が飲み込めた様子の彼は、どこか遠くを見やっていた。
 やや顔が赤く見えるのは、気のせいだろうか。
 アンジェリークの呼びかけで、ようやくこちらを向いた。そして、小さな声で呟く。
「サンキュ」
 その声が珍しくしんみりと、どこか照れたような響きを持っていたので、思わずアンジェリークは顔を伏せた。
「ううん、いいの」
 そう返事をしたものの、なかなかレインの顔を見られない。
 それはレインも同じらしい。彼はしばし言葉を捜していたが、何度も口を開きかけたものの、うまい言葉は見つからなかったようだ。
「じゃ、じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「あ、そ、そうだな。帰るか」
 お互い違和感を抱きながらも、それを解消する術を持たない二人は、ぎこちない歩きで、肩を並べて屋敷へ帰っていった。
 その一部始終を、おばちゃんがしっかり見ていたのはいうまでもない。





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