手作り





 あの方が本当に、守護聖の首座なのだろうかと思うときはたびたびある。それどころか、本当に守護聖なのかしらと疑うときさえある。
 今回だってそうだった。
「腹が減ったから、何か作れ」
 お部屋に伺うと、奥の間に通されるや否や、レオナード様はいきなりそんなことを仰った。
「執事の方に頼んできますよ。何がいいですか?」
「いい。お前が作れや」
「はあ?」
「何だ、料理もできねえのか?」
「誰がそんなこと言っているんですか。できますよ、少しくらいなら」
「なら問題ねえだろ。キッチンは隣にあるから、早く頼むぜ」
 そんなわけで、私は今、渋々小ぢんまりとしたキッチンに立っていた。狭いといっても、そこに揃えられているものは見たこともないくらいどれもぴかぴか輝いている。執事さんがお茶を入れることもあるだろうから、全く使っていないわけではないと思う。それでこんなに綺麗なのだから、余程手入れがしっかりされているのだろう。
「何か使うのがもったいないなあ」
 一つ一つ良いものなんだろうなと考えると、どの器具や食器に触るのも躊躇われた。
 そんな私の呟きを耳ざとく聞きつけたレオナード様は、
「変なこと言ってねえで、さっさとしてくれ」
 他人事だと思って、そんなことを言ってくる。全く、手がかかる人だなあ。
 私は濡れないようにブレスレットをはずすと、腕まくりをした。そこまでいうなら、どうなってもこの際知ったことではない。作ってやろうじゃないか。
 まずは手を洗って、冷蔵庫の中の食材を確認する。・・・よし、これなら何とかなりそうだ。
 扱う品々には気を遣いながら、私は料理を始めた。



「お待たせしました」
 トレイの上に湯気の立つお皿を載せ、私はそれをレオナード様の目の前に置いた。
「お口に合うかは分かりませんけど・・・」
 すぐに作れ、ということだったから、本当にたいしたものは作れなかった。私だって、そんなに料理が得意というわけではないから、作れるものは限られてくる。
「卵とハムのサンドイッチ、オニオンスープ、サラダとデザートのオレンジ。それとコーヒー・・・なかなか上等」
 一つ一つチェックすると、レオナード様は食べ始めた。空腹というからもっと勢い良く食べるのかと思いきや、意外にも味わっているように召し上がる。目分量で作った私としては、これからどんなことを言われるかと冷や冷やしていた。
 妙に緊張感が漂う食事タイムは、レオナード様がコーヒーに口をつけたところで終わりを告げた。
 食事中、何も仰らなかったことが、逆に怖い。
「おい」
「は、はいっ!」
 返事だって妙に大きくなってしまうのだ。それは仕方のないことなの。
 私が変に大きな声を出したのでレオナード様は首を傾げられたけれど、すぐにいつもの表情に戻った。
「あの、まずかったですか?」
 自分から切り出したほうがいっそ潔い気がして、思い切って尋ねてみた。
 すると、レオナード様は何を思ったか、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「バーカ、そんなわけあるか。また頼むぜ」
「えっ・・・」
 私が驚いている間に、レオナード様は自らトレイをキッチンに戻しに行かれた。
 私はその光景をぼんやりと見ていた。
 まさかそんなことを言われるとは思わなかったので、不意打ちを食らった気分だ。触れられた部分に手を当て、私はしばしその場に立ち尽くしていた。ただひたすら、レオナード様が触れた部分が熱かった。
 それからはろくに会話もできなかったような気がする。
 どうしてだろう。レオナード様相手に、こんなに緊張するなんて・・・。
 わけの分からないまま、私はレオナード様のお部屋から失礼した。急にしおらしくなった私にあの方は首を傾げていらしたけれど、わけが分からないのは私も一緒だ。自分のことなのに、ちっとも分からない。
「どうかしてるよ・・・」
 まだ鼓動が早い。一体何が何だか。
 途中までいつも執事の方が送ってくれる。今日も甘えていたら、いつもはあまり話しをしない執事さんが私に笑いかけてきた。
「急に食事を作れなど、突然で驚かれたのではありませんか?」
「え、あ、はい。もう、レオナード様には困ります。こちらの都合なんて関係ないんですもん」
 ついついきつい口調になってしまったというのに、執事さんはただくすくすと声を立てて笑っていた。
「どうしたんですか? 私、何か変なこと言いました?」
「いえ、失礼しました」
 首を傾げる私に、執事さんは笑顔をたたえたままこみ上げる笑いを抑えて、そっと囁くように言った。
「レオナード様は朝食を摂らずにあなたを待っていらしたのですよ。よっぽどあなたの手料理が食べたかったのですね」
「えっ・・・」
 待っていた? レオナード様が? 私の料理を食べたくて?
 信じられない事実に私はしばし言葉を忘れた。だけど、段々とその意味を理解していくに連れ、それに比例するように顔も赤くなっていった。
 あ、あんな何でもないものを・・・私の料理の腕前だって知らなかったのに。
 その時、不覚にもあの方の一言が蘇った。
「また頼むぜ」
 それは妙に私の脳裏に焼きついて離れない。勘弁して。ただでさえ胸の中が熱いのだから。
 執事さんに見送られながらの帰路、私の頭の中はあの方でいっぱいだった。ほかの事を考えようにも、気付けばまたあの方のことばかり。うう・・・、もう自分が分からない。
 それでもひとつだけ、やらなければいけないことは分かった。
 ――――今度はちゃんと準備して、おいしい料理を食べていただこう。
 ひとつうなずくと、私は元来た道をまた歩き出した。


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