隣の酔っ払い





「あれ・・・?」

 どこか休めるところはないかと探していた紗依は、宴会をやっている座敷と少しはなれたところで、障子が半開きになっている部屋を見つけた。
 ほのかな明かりを頼りに中をのぞくと、そこには見知った人物が横たわっていた。

「用ちゃん?」

 紗依は音を立てないよう、そっと用三郎の脇にひざをついた。

「そういえば用ちゃん、かなり序盤で甘酒で酔いつぶれちゃったから、別部屋に移されたんだっけ」

 やれやれ、仕方ない奴だ、とか何とか言いながら、心ノ介が運んでいったのを思い出す。
 そのままずっとここで寝ていたのか。
 ご丁寧に布団がかけてある。
 用三郎はあどけない顔ですやすやと寝入っている。
 それを見ているうちに、紗依の顔に笑みが浮かんだ。
 なんだかんだといっても、やはりまだ子どもなのだ。
 さらりと柔らかな髪の毛をすくと、それが合図のように用三郎が目を開けた。

「あ・・・あれ? 紗依・・・」

「うん。ごめんね、起こしちゃったかな。朝までまだ時間があるから、もう少し寝ていて良いよ」

 紗依の言葉を聞いているのかいないのか、ゆっくりと用三郎は起き上がった。

「ここは・・・」

「みんながいるお座敷とちょっと離れているところだよ。用ちゃん、甘酒で酔いつぶれちゃったから、ここに移されたの」

 いまいち反応の薄い用三郎の様子を気にした風もなく、紗依はくすくすと笑い声をもらした。

「用ちゃんの寝顔見るの、二回目だけど、可愛かったよ」

 何気ない紗依の一言に、用三郎の行動ははやかった。

「きゃっ!」

 どこからそんな力がこの小柄な体から出てくるのかというほど、強い力で腕を引かれたかと思うと、紗依の視界は一転した。
 背中に畳の感触を感じるのと、自分の唇に何か触れたのは同時だった。
 それが用三郎の唇だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
 紗依を押し倒して彼女を見下ろす目は、驚く紗依の顔を映した瞬間、いたずらっぽく細められた。

「僕を子ども扱いしたお仕置き」

「用ちゃん・・・」

「紗依が悪いんだからね。男の寝所にのこのこ入ってくるなんて、無用心もいいところだよ」

 口調は怒っているようだが、その表情は紗依を出し抜いたことへの嬉しさで緩みきっている。
 それが少し悔しくて、紗依は口を尖らせた。

「も、もう、またそうやって大人をからかって。早くどいて」

「嫌だね」

 こともなげに用三郎は首を振る。

「紗依はまだ僕を子ども扱いしている。僕が子どもじゃないって証、見せてあげるよ」

「えっ・・・」

 目を見開いている間に、用三郎の頭が紗依の首筋に埋まった。
 熱い吐息が直接肌にかかって、顔が上気する。
 ここまで来るとさすがに何をされるのか、紗依にだって分かる。

「よっ、用ちゃん!? だ、だめだって!」

 必死に抗議するが、信じられないほど強い力で、彼の腕から逃れることができない。

「用ちゃん!」

 ぎゅっと紗依は目を閉じた。
 用三郎は身を起こす気配はない。
 どうなってしまうのだろうと、頭の中が真っ白になる。
 逃げなくては、と思う。
 それなのに体が動かない。
 どのくらい硬直していただろう。

「・・・・・・え?」

 紗依は不意に聞こえてきた音に、耳を疑った。

「すう、すう」

 目を開ければ、用三郎は紗依を下敷きにして、また眠りの世界に旅立っていた。
 その割に、紗依の動きを制限する力は一向に弱まらない。

「用ちゃん、用ちゃん」

 呼んでみても、本人は気持ちよさそうに寝息を立てている。
 下敷きにされているといっても、用三郎は小柄なのでそれほど重みは気にならない。
 ならない、が。

「ううっ・・・もしかして、朝までこのままなのかなぁ・・・」

 泣きそうな声でそう呟いて、複雑な思いを抱えながら紗依はがっくりとうなだれた。
 新しい抱き枕を得た用三郎は、そんな紗依とは対照的に、実に幸せそうな顔をしていた。





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