年下の彼




「ひゃっ…! ちょっ、千聖君…!」


 部屋に招き入れたとたん。
 千聖が不意に近づいてきたことに驚き、反射的に身を引き掛けた真奈美だったが、それは無駄な抵抗に終わる。


「んっ…!」


 体はたくましい腕にしっかりと捕らえられており、一歩後ずさることすらできない。
 そのまま唇を重ねられた。


「まって、千聖君…」

「何故だ?」

「何故って…きゃっ!」


 首筋に感じた千聖の熱い吐息。
 思わず上げた悲鳴に、くすりと笑いが降りてきた。


「首、弱いな」

「も、もう、そんなこと言って、からかわないの!」

「からかう? 俺が?」


 心外とばかりな口振りとは裏腹に、千聖の顔には人の悪い笑みが浮かんでいる。


「とにかく、いったん離れて…」

「断る」


 千聖の返事はきっぱりしていた。


「『おまえの部屋で、甘いものでも作ってやる』なんて、部屋に入り込む口実に決まっているだろう」

「うっ…」


 久々のデートの帰り際。
 もうすぐ帰らなければならないことを淋しく思っているときに、千聖からそんな申し出があったのだ。


 ――千聖だから。
 ――お菓子を作ってくれるだけだから。


 そう思って、気軽に部屋に入れた結果がこれだ。


「大方安全だと思い込んだんだろうが、自業自得だと思って観念してくれ」

「こんな時に限って、間違えないんだから…!」

「別に、間違える必要もないからな」


 コツン、と千聖が真奈美と額を合わせた。
 間近で見る、端正な顔。


 「ちょっと手の掛かる生徒」から、「最愛の伴侶」に変わった彼の顔は、真奈美を赤面させて、胸を高鳴らせて、そのまま動けなくさせるには十分だった。
 その流れから、真奈美は静かに目を閉じる。
 千聖の目元が優しく細まった。


 そして――
 2人の唇が重なる。


「もう少し、一緒にいさせてほしい。後で、本当に何かデザートを作るから」

「デザートは魅力だけど、それじゃあ私が食いしん坊みたい」

「別に俺はかまわないが」

「そういう問題?」

「違うのか?」


 お互いくすくす笑いながら、ささやき合う。
 どこから見ても、お似合い――少なくとも、二人はそう思って疑いはない。


「今日1日、我慢した分の接吻を」

「……うん」


 焦っていたはずなのに。
 恥ずかしくて仕方なかったはずなのに。
 知らないうちに、真奈美は素直に千聖に身を預けていた。


「好きだ」


 何度も繰り返す告白とともに、降らされるキスの嵐。
 その只中で、真奈美は溢れるほど湧き上がる千聖への思いを、しみじみと感じていた。








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