続きの続き





 ――――うわぁ。嘘みたいだ。


 夏休みが明けたばかりで、まだどことなく連休のまどろみを引きずっている教室内が、たった一人の登場でぴたりと静になった。
 黒板の前に立ち、担任の先生に促されてクラスのみんなに自己紹介をしているのは、紛れもなく私の大切な人――――薙羽哉さん。
 ちょっと女の子の悲鳴とかも聞こえた。


 確かに、薙羽哉さん、綺麗だから。
 私が少しだけざわりと胸を騒がせた時、ちょうど薙羽哉さんと目が合った。
 その瞬間。


「沙耶!」


 満面の笑みで私に手を振る薙羽哉さん。
 一斉にクラス全員の視線が私に向けられた。
 驚きの目がぐさぐさと突き刺さる。
 だが、それには一向に構わない人もいるわけで。


「何だ。伊織の知り合いか」

「はい、そうなんです」


 担任と薙羽哉さんはそんな会話を交わすと。


「じゃあ、八重垣のことは伊織に任せよう。おい、隣に席を作ってやれ」


 用意していた席をわざわざ私の隣に移し、そこに薙羽哉さんがやってきた。


「よろしくな」


 にっこり笑う薙羽哉さんを見ていると、不思議と周りの視線が気にならなくなった。
 代わりに、今更のように喜びが浮かぶ。


「はい! よろしくお願いします!」


 気付いた時には、笑顔で頭を下げていた。



  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「これはきっちり話してもらわないとねえ」


 休み時間になるや、同級生のノノさんがすっ飛んできた。
 どういうこととはもちろん、薙羽哉さんのことだ。
 同級生たちに囲まれている薙羽哉さんを覗き見ながら、ノノさんはこそこそと私に耳打ちをする。


「ね、この人がそうでしょ? 夏休みに依頼先で仲良くなったって」


「う、うん、そう」


 ノノさんには、伊那砂郷に滞在中、事件のことは伏せて、どんなところに来ているのかという報告のメールをしていた。
 とはいえ、薙羽哉さんと両想いになったということは、恥ずかしくてはっきりとは報告できなかったけれど。
 多分、ノノさんは気づいていたんだろうな。


「あんたの言っていた通りだわ。綺麗で格好良くて」

「わ、私そんなメール送ったっけ?」


 覚えてない。
 もしかしたら、もう帰れないかもしれないだなんて思って、そんなことを送ったのかもしれない。


 もしくは酔っている時とか?
 あの時は薙羽哉さんにだいぶ迷惑をかけたらしいけれど、何にも覚えていないので、何か血迷ったことをしていないとは言い切れない。


 考え込み始めた私に、ノノさんは大きくうなずいた。


「ええ、来たわよ。綺麗で格好良くて、乱暴だけど優しくてあったかくて、大好き過ぎて大変だーって」

「ちょっ・・・! 私そんなこと送ってないよ!」

「え? そう? それに近いことは書いてあったと思うけど」


 けろりとそんなことを言いのけるので、無性に恥ずかしくなった。
 だって、からかい半分のその言葉は、実は見事に真実を言い当てていたから。


「もう・・・!」


 何気なく隣に目をやってみる。
 すると。


「え?」


 クラスメートに囲まれていたはずの薙羽哉さんが、じっとこちらを見ていた。
 不意に目があったので、びくりと身が震えた。
 それに構わず、ノノさんが私の頭を無理やり抑えつけながら、自身も一緒に頭を下げる。


「八重垣君、この子、ふつつか者だけれど良い子だから、これからもよろしくね」


 まるで娘を嫁にやる母親のよう。


「な! 何言っているの! ノノさん! ち、薙羽哉さんも、気にしないでくださいね」

「あれ? 親しいはずなのに、何であんた敬語なの?」


 それは、薙羽哉さんは私よりも一つ年上だからで。
 けれど、その事実を口にしてしまって良いものと、伺いを立てるように薙羽哉さんを見る。


 すると、ものすごーーーくさわやかににやりと笑われた。
 ・・・この笑み、嫌な予感しかしない。


「だよなあ。同じクラスメートなのに、敬語はないよな」


 そう言って、私を一瞥する。


「おい、沙耶。今から敬語禁止な」

「ええ!? 急には無理ですよ」

「無理じゃねえだろ。どうにかしろ」

「そんな無茶苦茶な!」


 直せと言われて急に直るものではない。
 私はぶんぶんと首を振る。
 そんな私を、薙羽哉さんは面白そうに笑っている。
 少し前まで当たり前だった光景が、こうして学校でも繰り広げられていた。


「あらまあ。これは本物だわ」


 私たちのやり取りを見ていたノノさんがそう呟いていたらしいけれど、私たちの耳に届くことはなかった。
 今日も、まだまだ暑い日になりそうだった。






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