生まれた日に何を想う
「心さん、お帰りなさい!」
バイトである深夜のコンビニでの仕事が終わり、早朝自分のアパートに帰って来た心ノ介は、思わぬ侵入者の歓迎に大きく目を瞠った。
「紗依!? 何で、お前、こんな時間に・・・!」
「だって、心さん、この時間にバイトが終わるから」
「じゃなくて、何だってこんな朝早くに」
「あ、やっぱり気付いていなかったんですね」
紗依は困惑する心ノ介の手を取り、「早く早く」と急かしながら、短い廊下を抜け、彼の部屋に招く。
頭の上に疑問符を並べる心ノ介は、台の上に置かれた数々の料理に、さらに度肝を抜かれた。
「これ・・・」
「心さん!」
目をぱちくりさせている心ノ介に、紗依は満面の笑みを浮かべながら、彼の目の前に色鮮やかな包み紙を差し出した。
「お誕生日、おめでとうございます!」
「へ?」
差し出されたプレゼントと紗依の顔を交互に見る心ノ介。
だんだんと事態を飲み込んでいくさまが、彼の表情から見て取れた。
「これ・・・俺に・・・?」
「そうですよ。去年は忘れてしまいましたが、今年はちゃんと覚えていました」
良く見ると、並べられた料理の真ん中には、これまた紗依の手作りらしいケーキが鎮座していた。
白い生クリームといちごでデコレーションされた真ん中には、「happy birthday!」の文字がチョコレートで書かれている。
「あ、あんまり上手にはできなかったんですが・・・」
まじまじと見つめられたことが恥ずかしかったのか、照れながら紗依は頬を掻いた。
その姿が愛らしくて、しかも自分のために朝早くに準備をして待っていてくれたことが嬉しくて、ようやくすべてを理解した心ノ介は、
「紗依っっ!!」
「きゃああっ!」
思いきり紗依を抱きしめていた。
「紗依! 好きだ! すっげえ好きだ!」
「く、苦しいです・・・!」
ぎゅうぎゅうと力任せに抱きしめてくるものだから、紗依は押しつぶされるかと思った。
――――でも、心さんになら、押しつぶされても良いかも。
ふとそんなことを思いついたことに、自分自身慌てた。
「全部、俺がもらって良いのか?」
「は、はい! 全部、どうぞ」
だから、微妙に心ノ介の声のトーンが変わったことに、気がつくのが遅れた。
「あ・・・」
プレゼントとともに、今度は優しく抱きしめられる。
「――――ありがとう」
耳元でささやかれた心ノ介の声は温かくて、その熱に犯されたように、紗依は耳から顔にかけて一気に赤く染めた。
と。
「ぐーーーっっ」
長く尾を引いて、心ノ介の腹の虫が鳴った。
その瞬間、紗依は思わず吹き出していた。
「ぷっっ!!」
「あっ、こら! 笑うことねえだろ!」
「だって、タイミング良すぎるから」
先ほどまでのしっとりした雰囲気は、腹の一声ですべて吹き飛んで、いつもの心ノ介の明るさが戻った。
「あー、くそっ! せっかくもうちょっと紗依を抱きしめていたかったのによー」
この、腹の虫の馬鹿野郎、と悪態をつきながら自分の腹を殴り、その力の加減を忘れて悶絶する心ノ介を、紗依は微笑ましく見つめていた。
「あ、今飲み物用意しますね。心さん、座っていて下さい」
「お、おう・・・」
頼むわ、と言いながら腹を押さえている心ノ介に、再び笑いがこみ上げる。
「やっぱり、好きだな・・・」
本心がぽつりと言葉となってこぼれおちた。
「紗依ー? 何か言ったか?」
「え? い、いいえ、何にも言っていないですよ」
まさか呟きが届いたのかと思い、あせって首を振る紗依。
それに対し、お預けをくらっている犬のように、料理に目を輝かせる心ノ介は、そうかあとうなずいただけだった。
「・・・・・・」
小型の冷蔵庫から、麦茶を出している紗依は、心ノ介の返事だけ聴いて、自分のつぶやきが聞こえていなかったことに、ほっと胸をなでおろした。
しかし。
きっと彼女が、心ノ介に視線を戻したならば、すぐに気がついたはずだ。
愛おしそうに紗依を見つめている心ノ介。
その眼差しは、先ほどの包み込むような温かい声と同様、紗依への愛にあふれている。
「俺も、好きだぜ」
「えっ!?」
はっとして振り返った紗依が、やっぱりあまりにも可愛くて。
心ノ介は会心の笑みを浮かべる。
そして、自分の生まれたこの日に、初めて心からの感謝を覚えた。