安らぎの場所





 その夜、仕事から帰ってきてからのレインの様子はおかしかった。


「……」


 本人は気付いていないのだろうが、まずため息が多い。
 眉間に皺が寄っている。
 時折、うつむいて顔をしかめてまでいる。
 何かあったのだろうということは即座に予測されたが、しかし、アンジェリークはそれについて問いただすことはしなかった。


「レイン、疲れたときは甘いものが一番よね」


 そう言って、いつものアップルパイにバニラアイスクリームを添えた皿を、何気ない仕草でレインの前に置く。
 きっと、財団での仕事の中で、何か悩みがあるのだろう。
 でもそれは、アンジェリークには解決することができない。
 アドバイスしようにも、専門家が頭を抱えているのだ。
 華麗にレインを迷宮から救い出すことは、無理な話。


 だとしたら。
 違うことで、レインの悩みを和らげてあげたい。
 そう思ったのだ。


「おかわりもあるわ。欲しかったら言ってね」


「アンジェ、お前……」


 はっとしたように顔を上げるレイン。
 アンジェリークはそんな彼に、笑顔でうなずく。


「大丈夫よ。私何があっても、レインの味方だから」


「っ!」


 レインは手を伸ばし、アンジェリークの腰に回す。


「レイン?」


「悪い、しばらく、このままで…」


 そう言って、レインはアンジェリークの肩に頭を載せる。
 ふわりと、彼の香りが広がった。


「……」


 レインは悩みの原因も、まして口も弱音も口にしない。
 だが、こうして頭を預けてくれるだけで、自分が頼りにされていると分かる。
 アンジェリークにはそれだけで嬉しかった。


「いいわ。私の肩は、レインのものだもの」


「……ありがとう」


 本当に、と小さく呟いたレイン。
 そんな彼の頭を、アンジェリークはいつまでも優しく撫で続けた。








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