あなたにあいたい

   
 

 どうして戻ってきてしまったのだろう。
 そればかりが頭の中を巡る。
 愛しい人を残して、なぜ自分は現代に戻ってきてしまったのか。
 過去へ飛ばされたときと同じように、現代へと戻ってくるのも突然だった。
 だが、実を言うと現代に戻ってきたことを後悔しているのではない。
 ――――心さん・・・。
 心の中で、何度呼びかけた名だろう。
 城へと無事送り届けてくれたあのあと。
 紗依の呼びかけにも答えずに、心ノ介は城を出て行った。
 最後に見たのは、彼の広い背中ばかり。
 どうしても、引き止めることができなくて、ただ去っていく彼を見つめることしかできなかった。
 ショックで頭が真っ白になって、そのあとのことはあまりよく覚えていない。
 気がついたら見慣れたベッドの中で、体を丸めて泣いていた。
 私は嫌われたんだ。
 紗依はそう深く落ち込みながらも、思い出せば思い出すほど傷が開くというのに、心ノ介のことが始終頭から離れない。
 未練だというのは分かる。
 心ノ介に拒絶され、時代まで隔ててしまった今となっては、どうにもならないというのに、まだ心から彼に会いたいと願っている。
 嫌われているって分かっているのに、我ながら、なんて馬鹿なんだろう・・・。
 紗依はため息をひとつつくと、ゆっくりと体を起こした。
 朝目がさめて、ベッドの中で彼を思う。それが日課のようなものになっていた。
「・・・部活に、いかなくちゃ」
 また部長にぼんやりしていると怒られるだろう、でもそのほうが気がまぎれて良い。
 そんなことを考えながら、紗依はいつものように家を出た。



 まだ残暑厳しい夏の終わり。
 過ぎ行く夏を惜しんでいるのか、あれだけ暑さに悩まされたというのになんとなくさびしく思うのは何故だろう。
 ――――お城の跡地。
 ここに、あんな立派なお城が建っていて、にぎやかな生活が繰り広げられていたなど、もはや想像もできない。
 ここには、あの楽しげな空気の片鱗さえない。
 分かっていたことなのに、胸が痛む。
 それでもここに来てしまう自分が、とてもゆがんでいるような気がした。
「紗依ー! ちょっと、面白いものが見つかったわよ!」
 やや興奮した部長の声に、紗依は我に返った。
 何だろう。
 熱心に手招きする部長に誘われるまま、首をかしげながら紗依は部員の輪の中に加わった。
「これこれ! すごいわ、歴史的大発見かもしれないわよ」
 いつも厳しい部長がここまで浮かれているのも珍しい。
 その指の指すほうを、紗依は見た。
 次の瞬間。
「え――――?」
 信じられないものでも見るかのように、紗依は大きく目を見開いた。
 一瞬、何か分からなかった。
「気がつかなかったわ。新しく発掘することばかりを考えていて、人の話を聞こうとしなかったなんて、恥ずかしい話ね。まさかこの遺跡の歴史資料館に、こんな面白いものが眠っていたなんて」
 部長が、何か言っている。それは分かった。しかし、内容までは紗依の元に届かない。
 彼女の視線はただ一点、部長の持っている漆塗りの立派な文箱に注がれている。
 もっと言うなら、その中に収められているものに、全ての意識を注いでいた。
「館長さんが特別に貸してくださったのよ。百五十年位前の刀の鐔らしいわ。公式には残っていないけれど、大変望月藩に貢献した侍のものなのですって。くれぐれも取り扱いには気をつけて」
 饒舌に語る部長の話を聞き流しながら、ゆっくりと紗依はそれに顔を近づける。
 ――――見覚えがあった。
 とてもある。
 見間違いではない。
 勘違いでも、幻でもない。
 これは・・・紛れもない。
あの、命の恩人のものだ。
「どうして・・・?」
 自分でも知らぬうちにそんな呟きが漏れた。
 さらに部長は一枚の紙を取り出すと、周りを取り囲む部員たちに見せた。
「これが文箱に一緒に収められていたものよ。おそらくこの鐔の持ち主の書置きね」
 紗依は穴が開きそうなくらいその書置きを凝視した。
 崩し字の解読はあまり得意ではなかったが、このときばかりははっきりと読み取ることができた。
「――――我が心、紗依のもとに」
 たった一行に、紗依の心が震えた。
 これは、一体・・・?
 解釈しかねる彼女の耳に、部長の推測が聞こえてくる。
「きっと、書置きの主は『紗依』という人物に思いを寄せていたのだわ。でも、かなわぬ恋だったのね。紗依、あんたと同じ名前なんて、何か運命を感じるわね」
 部長は軽い気持ちでそういったのだろう。
 しかし、紗依は冗談には受け止められなかった。
 ――もしかして、私は嫌われたのではないの?
 そう思ったらもう駄目だった。
 急速に心ノ介への想いが膨らんでいく。
 今まで無理やり押し込めていたものが、堰を切ったようにあふれ出てくる。
 もう、彼女自身止められなかった。
「心さん!」
 紗依は思わず駆け出していた。
 あの日以来手放せなくなっている、不思議なペンダントを握り締めながら――――。




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