「お願いします! ダンスを踊ってください」

「了解した」

「え?」

 決死の覚悟で言葉にしたお願いを、あまりにもあっさりとジェットに受け入れられたので、アンジェリークはあっけに取られてしまった。

「どうした。何か問題でもあるのか」

「いえ、嬉しいです」

 嬉しいには嬉しい。
 が。
 何か違う気がする。

「・・・・・・」

 良いんだろうか。
 本当に彼は納得してくれているのか。
 もし、しぶしぶうなずいているなら申し訳ない。
 そう思ってジェットを見ると、彼は相変わらず無表情だった。
 だが、わずかだが、無表情の中に戸惑いが見られる。

「あの、嫌だったら断ってくれて構いませんから」

「嫌ではない。お前に不快な思いをさせたなら謝る」

「いえ、そんなことありません!」
 力強く言い切ると、ジェットの眉間のしわが少し消えた。
 アンジェリークはふと、ジェイドの言葉を思い出していた。

「ジェットは、少し自分の気持ちを表現するのが苦手なんだよ。でも、誤解しないでほしい。彼にだってちゃんと心はあるから」

 あ・・・。

 そうか。こういうことなんだ。
 アンジェリークはジェットのコートを掴んだ。

「あの、私のお願いを聞いてもらう代わりに、ジェットさんのお願いを聞きたいんですが」

「俺の、お願い?」

 そうです、とうなずくアンジェリークから視線をはずし、ジェットはしばし黙考する。

「私にしてほしいことでも良いですよ?」

 あまりに真剣に考え込んでいるので、恐る恐るそう告げると、ようやくジェットは顔を上げた。

「では、笑っていろ」

「え?」

「俺は、お前に笑っていてほしい」

 感情のこもっていないように聞こえる声。
 でも、彼の声は温かかった。
 だって、その証拠に――――

「分かりました。これで良いですか?」

 アンジェリークが微笑むと、ジェットの表情ははっきりと分かるくらい柔らかくなった。





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