・・・・・・あれ?

 アンジェリークはダンスホールを歩き出して、数歩進んだところでぴたりと足が止まった。

「私、誰も相手がいなかったんだわ・・・」

 仕事に追われていて、今更ながら気がついた。
 全員の相手を決めることに力を入れていて、自分の相手をすっかり忘れていたのだ。

「どうしよう・・・」

「そんなことだろうと思った」

 ぽん、と肩を叩かれて、アンジェリークは振り返った。

「レインさん」

「さん付けと敬語は止めろって言っているだろ」

「あ・・・すみません」

 うっかりこぼれた禁句に、あっと口元に手を当てる。

「・・・ほら、相手がいないんだろう?」

「あ・・・は・・・えっと、ええ」

 アンジェリークは差し出されたレインの手に触れると、彼のほうからぎゅっと指に力を入れてきた。

「!」

 ぴくりとアンジェリークの身が跳ねたのだが、レインは気がつかないふりをした。

「ダメだな」

「え?」

 アンジェリークは顔を上げると、赤面しながら困ったように笑うレインが映った。

「そんなふうにドレスアップされると、目のやり場に困る」

「そんなの、レインさ・・・レインだって!」

「え?」

 そこで劇場が暗転した。演奏が静かに始まる。
 突然真っ暗になったことに面食らっているアンジェリークに、レインの声が聞こえた。

「やっと呼び捨てにしてくれたな。ありがとう」

「・・・・・・ええ」

 だんだんと照明が明るくなる。
 暗闇でも互いの存在が分かっていたのだろうか。
 ダンスホールに浮かび上がった二人は、ただじっと、見つめあっていた。






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