(あなざぁ用心棒・番外編)
   〜望月藩『姫君ものがたり』〜




「ふむ・・・、ついに、か・・・。」
 紗依が己れの『身の証を立てる』と宣言して、一ヶ月を過ぎようとしていた、とある日の事・・・。秋の彩りも美しくなり、温泉観光で北浜が一番賑わう季節となった頃に。
 霞丸の手によって、丁寧な字で書かれた書状が大野兄弟の元へと届けられた。招待状―、日頃お世話になっている感謝を込めての食事会―、中には紅葉の葉が栞のように同封されていたのが、なかなかに風情を感じさせる。
 更に、手紙には別途小さなオマケが付けられていた。山ブドウが少々・・・、これも手製だろう、山の蔓草を編んで作られた小さなカゴに入れられているのが微笑ましい。
 このような細やかな心遣いからして、既に『初姫』とは程遠い物を感じながら、治基はとりあえず支障の無い程度に急ぎの仕事を片付けた。
 ― 行楽シーズンならでは・・・、観光地・北浜は望月藩の火の車の財政に、焼け石に水―的ながらも。それなりの金子の回収に、おおわらわな時節だ。
 そこから無理矢理、まとまった時間を捻出するには、更に前倒しに出来る仕事を出来る限り片付けておくに限る。テキパキと、忍びの者達まで動員しつつ仕事を片付けていきながら。
 さりとて―あの少女とて、散々試行錯誤を繰り返した上で、治基への約束を守ろうとしているのだ、それなりの対応はして然るべきだろう―、などと思ってみる。
 いまや、あの少女がいかに荒唐無稽な身の上を語ろうとも己れの知る『初姫』と同一人物であるとは治基自身、既に信じてはいなかった。
 信じてはいなかったが、それでもやはり彼女が彼女であり、『初姫』では無いという事を、明確に証明してもらいたい思いは依然として残っていた。
 ― よもや、逃げもせずに真っ向から受けて立つとは・・・な。
 そのまっすぐさが嬉しくもあり、彼女が一体どんな手を使って自分を証明してくるのかが、今や純粋に楽しみでもあった。
それで自分が納得するか否かは、もはや二の次になりかかってはいたものの―、生来の性質ゆえか、その点に関してはまた話が別だ、と思ってしまうのが、自分なりに苦々しい。
 ― せいぜい・・・、頑張ってもらいたいものだな・・・。
 そう心の内に呟きながら、頃合いを見計らって信正を呼ぶ。
「では、参るぞ。」
「おう! 楽しみじゃのう、兄者!!」
「ふむ・・・、まぁ、な・・・。」
 時折、この弟の単純明快な思考回路が無性にうらやましく感じられる。そんなタメ息をもらしてしまいながら、治基は指定された大広間へと向かって行った。

   ***

「おお!?」
「こ、これは・・・!!」
「お疲れ様です@」
 そこには、洋風のテーブルをあしらえた、落ち着いた雰囲気のダイニング・キッチンが。一風変わって見えるのは、その横にあつらえられたミニ囲炉裏&水車の回っている水場らしきものがある点か・・・?
 しかし、それも小粋な遠景に見えるように工夫されており、決して不快感や違和感を与えない、良い意味合いでのミスマッチ感を醸し出しているのがミソのようだ。
 むしろ、完全な西洋風に徹していない辺りが、特に信正などは安らぎ要素を感じてプラス感を抱いている様子。そして、何よりも二人の目を引いたのは、出迎えた少女の姿で・・・。
 ― 可愛らしい、白い割烹着に三角巾が、すごく似合う―。
「どうぞ、お座り下さいな。」
「うむ。」
「かたじけない。」
 わざわざ椅子をひいてくれた少女に礼を述べつつ、その椅子の上に可愛い平らなクッションを発見。更に、テーブルクロスやナプキンにも、ワンポイントの刺繍があり・・・。
「・・・手作りか?」
「・・・はい。手伝ってもらいながら、何とか・・・。」
「やや! 紗依殿が!? これらを!?」
 手作りなりに、縫い目等には素人感バリバリであるが、それがまた何とも良い感じを与えてくる。
「素晴らしいですな! 是非、拙者にも一品作っていただきたいくらいですぞ!!」
「ありがとうございます、信正さん。あ・・・、簡単な物で良かったら、お作りしますよ@ 喜んで!」
「かたじけない! では、後日また改めて・・・」
 実に嬉しそうにペコリ、と頭を下げた弟に、そっとタメ息をついてしまう治基。素直すぎる弟が、今は実にうらやましい。
 ― 白黒がつきさえすれば・・・。
「あ、治基さんも。」
「何・・・?」
 おもわず反射的に不機嫌そうに言ってしまってから、少し後悔した模様。眉根を寄せて、更に不機嫌そうになった相手に少し臆した風情の紗依に、そっと霞丸が耳打ちする。
 ― 本当に、仲が良いでは、ないか・・・★
 いよいよ憮然とした表情になった治基に、ニッコリ微笑み、紗依は言う。
「良かったら、また、何かプレゼントさせて下さいね?」
「・・・うむ・・・、機会があれば、な・・・。」
 渋々・・・、という感じでうなずきつつ、澄ました顔で佇んでいる霞丸に一瞥―。まったく、監視役が懐柔されててどうするか、と言わんばかりの眼差しである。
「さぁ、まずはお茶を飲んで、お待ち下さいね・・・。」
 蒸しておいたらしいお茶を注いで、各自に配る少女の柔らかい小さな手―。これは、かなり手馴れた様子で、香りを損なう事も無く、湯の温度も適温、味も申し分ない『まさに理想のお茶』が出される。
「・・・うまい・・・。」
 ポツリ、と呟いた言葉に実に嬉しそうに微笑む紗依。
「ありがとうございます。父が、そういうの結構うるさくって・・・、お茶だけは結構、自信があるんですよ@」
「ほぉ、父君がな・・・。」
 ― 『茶』を飲めるような身分の持ち主ならば、それなりに身分のはずだ・・・、と。片眉を上げて見せる治基の心の内に紗依はまったく気付いておらず。
「お代わり、いかがでしょう?」
「ああ、もらおう。」
「最初は、ご飯とお味噌汁と・・・、あ、あと自作のタクアン作ってみたので、食べてみてもらえますか?」
「タクアン?」
「はい@ ダイコン干して、お漬物にしたのです。あと、梅干しはちょっと時間かかっちゃうそうなので、とりあえず汁だけお借りして簡単な柴漬けモドキとかも作ってみましたから、これも試してみて下さいネ@」
 ニコニコしながら湯呑みを渡し、少女は脇に用意してあったお櫃を開ける。ほんわり、ご飯独特の甘い香りと一緒に湯気が立ち上り、椀に白いご飯がよそわれる・・・。
「はい、まずは治基さん@」
「あ、うむ・・・。」
「信正さんは、少し多めですよね。お代わりありますから、遠慮なく言って下さい@」
「いやいや、ありがたい! やはり飯は体作りの基本中の基本でありますからなぁ!!」
「そうですよね〜@」
 お新香を綺麗に並べた小皿を差し出し、続いて囲炉裏にかけた鍋の具合を見る紗依。
「おいしいキノコを、たくさん採れたんです。あ、ちゃんと、そういうプロの方に手伝っていただきましたから、毒キノコとかは入ってませんよ?」
「その点は、この霞丸が保証致します。」
 かしこまって申し述べた忍びに、うむ、とうなずいて見せる治基。
・・・というか、要するにその『キノコ狩り』のプロというのは、おそらく風魔の抜け忍軍団の事に他ならないのだろう、と思う。
 ― ・・・身の安全の最低路線は、しかと護られているようだな・・・。
 原材料で当たっていては、元も子も無い。相変わらずグッジョブな己れの手の者達の働きに、今期も慎ましやかながら慰安の宴会を開いてやろう―、などと密かに考えていた治基の鼻に、食欲をそそる良い香りが入ってくる。
「・・・・・・・・・?」
「お味噌汁仕立てです@」
 ふんだんに入ったキノコの味が、良い風味を醸し出している。一口、ふくんでみて。その絶妙な味わいに、心底感服して治基はゆっくりと、それを味わった。
「北浜って、素敵なトコロですね〜@」
 またお茶を注ぎながら、のんびりとした口調で告げる紗依。
「川のお魚も、お水が綺麗ですから、すごく良い感じに育ってくれてますし・・・。ちょっと可哀想かな、とか思いましたけど、焼いてみました@」
 囲炉裏で火にあぶられていた鮎初めとする魚の串刺しを数本取り、大きめの皿へ・・・。
「小骨とかに気をつけて下さいね?」
「いやいや、骨ごといただきますぞ、拙者は!」
 やる事も豪快だが、食べるのも豪快な弟に、苦笑いしつつ。これもゆっくりと、味わい食しながら・・・。おひたしらしい青菜を入れた小鉢を配膳しつつ、嬉しそうにこちらを見ている視線に気付いて、手を止める。
「・・・何か?」
「え? あ、ごめんなさい★ つい・・・。」
「つい・・・?」
 常に無く、まっすぐに見返した治基の視線を眩しそうに受けながら。紗依は、照れたように言う。
「その―、自分が作った物を、おいしそうに食べてくれるのって・・・、嬉しいな、って・・・・・・。」
 上気し、紅潮した顔をしばらく見つめ―、静かに、治基は訂正する。
「『おいしそうに』―、では無いな。正確に欠く。」
「え・・・?」
 今まで聞いた事も無いような優しい声音に、おもいっきり驚いたように目を瞬かせる少女に。これもまた、今まで見せた事の無いような笑顔を向けて―。
「実際・・・、この膳の料理は、みな美味い・・・。この国の料理で、ここまで私の舌を堪能させた料理は、未だかつて無い―、と言っても良いくらいだ。」
「そ、そんな・・・★」
 いくら何でも褒めすぎじゃないだろうか、と。更にドギマギしてきた紗依の小さな手を、不意に引き寄せる治基。
「は、治基さん!?」
「・・・苦労の後が見られるな・・・。少し、荒れている。」
「え、こんなの普通ですから・・・★」
「―紗依殿、我が藩の内輪揉めに巻き込んでしまい・・・、誠に相すまなかった・・・。無礼の数々・・・、お許しいただきたい。」
「・・・・・・!! じゃぁ・・・!!」
 低く頭を下げられた事に慌てながらも、やっと認めてもらえた喜びに、言葉を失ってしまう紗依。
「ああ・・・、そなたが『初姫』であろうはずが無い。『初姫』は望月藩の姫君―、このような針仕事やら賄い仕事など、到底出来ようはずも無い。
 ましてや、あのジャジャ馬姫が、このような心のこもったもてなし料理など、思いつける訳が無い・・・。これらすべてが、我が領内にて手に入れた素材を活かしたものである事は明白―。素晴らしい話ではないか・・・。」
 同意を求めるように弟を見た治基は、その顔が涙に濡れているのを見て、懐からは舶来物のハンカチーフを取り出し、弟に手渡す。
「兄者・・・!」
(感極まってハンカチをグショグショにした信正に、更に霞丸が、何故かサラシを手渡す。・・・長いだけに、いくらでも泣け、という意思表示であろうか・・・?
 実用的、とも言えない事は無いものの・・・。風魔霞丸―、何を考えているのか今いち良く分からぬ男である★)
 信正の声にうむ、と短くうなずいて見せ、更に治基は続ける。
「また―、そなたが敵方である我が城にて陰日なた無く、皆が過ごし易いようにと心砕いてくれていた事も、霞丸以下の者達からも話を耳にしておる・・・。
 ―むしろ、この城の主として―、礼を申し述べるが正当な扱いであろう。」
「いえ、そんな・・・、私だって、疑われている身なのに皆さんに親切にしていただいて・・・。う、嬉しかったし・・・。」
「それに・・・、貴女のひたむきな姿を見ている内に、私も昔の自分を・・・、この藩を、ひたすら支えたく望んでいた己れの姿を少々思い出してしまったようだ・・・。」
「!!」
「・・・姫を暗殺したところで、それが何になろう―。一時的な財政赤字削減にはなろうが、それはまた他国との親善を結ぼうと考える主の思いにも反する・・・。
 他国とて、災害レベルの問題を抱えている国はいくらでもあろうというもの。過剰業務のストレスに負けてしまっていたとは言え―、もう少しで、私は取り返しのつかぬ大罪を犯すところであった・・・。」
「治基さん・・・!!」
「そういう意味でも、紗依殿―、我が藩を・・・、いや、この私を救って下さったこと・・・、心より御礼申し上げる。
 そして、もし宜しければ・・・・・・。」
「え・・・・・・?」
 少し、ためらいがちに―。しばらく唇を噛み締める風に黙り込んでから。おもむろに、治基は告げる。
「この世界に・・・、そしてこの藩に、更に重ねれば、この北浜の城に―、貴女が『初姫』として、残っていただく事は出来ないだろうか・・・?」
「え・・・・・・、えええええっっっ!?」
「無理に・・・、とは申し上げぬが、出来れば、と・・・。」
「え、あの、その・・・!?」
「ずうずうしく物申せば、私の嫁に来ていただければ、尚結構なのであるが・・・、いや、こればかりは流石に、いきなりはどうかと思うが、まぁ、一考いただければ・・・」
「―治基様、いくら何でも、それは性急すぎではないかと★」
「分かっておる。分かっておるが、敢えて、今言っておかねば時勢に乗り遅れたり、どこぞかのムッツリ忍びに先を越されたりもしかねぬのでな・・・。」
「ムッツリって、あ・の〜???」
「失敬な―。無駄口を叩かぬのが忍びの身上―。まぁ、強いて申し上げるならば、姫君のご要望とあるならば・・・、勿論その命に従いて、寂しい夜のお供として、添い寝のひとつから始まりオプション多数で対応可能とは存じますが・・・」
「・・・そういうのを、ムッツリと言うのだ。」
「畏れ入ります。需要の多様な主を持つと、各方面に措いて有能となります故・・・、紗依、困った時にはいつでも俺の名を呼んでくれて構わぬからな。
 お前の望みならば、何にも優先して、どんな願いもかなえてやろう―。上司のセクハラも、チクって良いぞ@」
「誰がセクハラ上司だ!?」
「いえ、治基様が『そうだ』などとは、誰も申し上げておりませぬが・・・、何かお心当たりでも?」
「無いわ! そんな暇がどこにあった!!」
「己れの職務に忠実なるお姿―、紗依共々、常々感服しております。」
「あ、はい。そうですよ@」
 なぁ、と。顔を見合わせて微笑み合う二人の姿に、笑顔をひきつらせる治基。まぁまぁ、と信正が密かにフォローを試みるが、あまり聞いてない感じである。
 ― 紗依は、良い。紗依は私が『偉い』という点に重きを置いているから良いとして・・・。
 目線が合う、風魔の忍び。ニッコリ、と。実に忠実そうに笑って見せる『仕事上では実に忠実この上ない』男の笑みに、こちらもニッコリ、負けずに微笑んで見せる治基。
 ― こっわ〜★
 ちょっとした冷え込みにブルッと身を震わせて、信正は自分がこの場にいない事として、料理の残りを黙々と片付けることに決め込む。
「まぁ、万が一・・・、紗依が治基様の正室となってくれたとしても・・・」
「いえ、ですから、それは、その・・・★」
 真っ赤な顔をして頬を押さえる少女の眼を、ヒョイ、と色違いの瞳で覗き込み。ニッと笑う霞丸。
「そこはそれ―、同じ主に仕える者から、俺が紗依に仕える者に成り変わるまでの事・・・。」
「か、霞丸さん・・・っ。」
「貴女の為の忍びとして、その身を護る任―、喜んでまっとうする所存・・・。それで不服と申されるなら―、如何様にも命じていただきたい・・・。
 ―それで、貴女がここに残ってくれると申されるなら―、如何なる苦難も越えて見せよう―。貴女がここに残ること―俺は、それだけで本望だ・・・。」
「・・・・・・・・・っっっ!!」
 ― クッ・・・! やるな、霞丸・・・!!
 メチャクチャ揺れている風の紗依に、自分だって暇さえあれば、もっと確実に彼女のハートを射止めるあんな事やこんな事を・・・っっっ!!
 ―などとブツブツ呟きながら、半分自分の世界に入り込みかけた治基の耳に・・・、久方ぶりに入って来てしまった、この世で二度と聞きたくないモノ・ベスト・ワン・・・。
 ― ぶっぶくぶ〜っっっ!! なんじゃ・なんじゃ!!
   ま〜ったく、黙って聞いておれば、みんなして好き勝手抜かしおってからにっっっ!!
   姫だっての〜! いろいろと、他人には分からぬ悩みだのなんだのがテンコ盛りであったのじゃぞ、治基!
「は・は・は、初姫っっっ!!」
「! 紗依・・・!!」
「っっっ!! や、やっぱり、このペンダントっっっ!!」
 緑色の光を発し、胸元から飛び出したペンダントをはっしとひっつかんで外すや、放り投げた紗依をペンダントから庇うように、霞丸が刀を構えて油断無くそれを睨みつける。
「治基様!!」
「大事無い! 紗依を護れ!!」
「御意―!!」
 ― ふん。恩人に危害を加えるような無体は、姫はせぬわ!
「良く言う―、この娘の心を説明も無く入換えておいて、ひとつ間違えば―、姫として命を失うような状況に陥れたのは一体誰だ!!」
 ― それがまた、難しいところでな・・・。
「何!?」
 ― つまり、姫自身が、そうしようと思ってした所業では無い、というコトだ、治基。そういう点では、お前同様・・・、わらわも紗依に謝らねばならぬ。
 すまぬな・・・、紗依。お主の体の中へ跳ばされて、わらわも心底驚いた。これほど瓜二つである存在が・・・、しかも時空を隔てて在るなどとはな・・・。
「じゃ、初姫さんも・・・?」
 ― うむ。このペンダントへ自在にアクセスする手立てを見つけるまでは、それこそ何がなんだか見当もつかず―。
 見知らぬ場所へ放り出されるわ、訳の分からぬ心配はされるわ・・・。まぁ、お主のように命の危険にさらされてはおらなかっただけ、マシと言えばマシだったが。
 ・・・ネットや図書館という情報源を探るまで、不安で仕方無かったぞ。何せ、真っ先に―、『初姫』が生き残った、という歴史を確認したかったのでな。
「そうなんだ・・・。良かった、初姫さんも、悪い人なんかじゃ無くって・・・。」
「そうだな―。藩政を左右するほど『食い意地が張っていた』、という事実だけは・・・どうにも否めないが、な・・・。」
 しれっと発せられた霞丸の台詞に、
 ― う・・・★ ま、まぁ、その、治基・・・、無駄使いの件については、素直にわらわも非を認める。悪かったな、気遣いが足らずに・・・★★★
「まぁ・・・、過ぎた事でもありますからな・・・。」
 苦々しげにも、心配そうに向けられた紗依の視線に負けて、歯切れ悪く申し述べる治基。パァ、と明るくなった少女の顔に、実に分かり易いな、と微笑んでしまう。
「それで・・・、初姫。今後は、いかがなさるおつもりで?」
 ― そうそう、その件なのじゃが・・・。
 改まったように、初姫。
 ― 現状、こうして話をする程度には機能解明出来ておるのだが・・・。
 いかな天才魔女っ子・初ちゃんと言えども、この未知のアイテムの使用方法はなかなかに小難しいものでな―
「どさくさ紛れに不要な情報が垂れ流しされていた気も致しますが、要は、現状をどうすることも出来ない、というコトですな?」
 ― ま、まぁ、単純明快に言ってみれば、そういうコトになるかのう〜@ あははははっっっ@@@
「笑って誤魔化している場合ですかっっっ!!」
 ブチ、と。何かが切れたように叫ぶ紗依―。しょっちゅう切れていた初姫よりも、余程底力を感じさせる怒声に、おもわずビクッとして背筋を伸ばしてしまう男三人。
 ― す、すまぬ・・・★
「謝って済むなら、警察も番屋も単なる税金もしくは年貢の無駄遣いです!!」
 ― そ、それもスゴイ表現じゃの〜★★★
「もぉっ! 真面目に考えて下さいっっっ!!」
 恥ずかしい、とはまた違った意味で紅潮している顔は、相変わらず可愛らしい。可愛らしいけど・・・、怖い・・・★
 ― まぁまぁ・・・。大体、紗依。お主・・・、こちらにそれほど急いで戻りたいというのは、何か重大な理由あっての事なのか?
「え? いえ、別に・・・?」
 いきなり指摘された事に、驚いて。即座に答えてから、あれ? と小首を傾げてしまう紗依。
 ― ならば、今しばらく・・・、そのままでおっても支障はあるまい?
 幸い―、不穏な空気は取り払われておるようであるし。
 実家の方は、父上やじいを陥落すれば、無理に婚姻話を進める必要も無いじゃろうし。
「え・・・? 本当に???」
 ― 多分、な。のう、治基・・・?
「・・・御意。」
「え? え? え? え???」
 今いち状況がよく飲み込めないまま、ペンダントと治基を交互に見比べる紗依。・・・早い話―、初姫排除の一環に、この治基が裏で糸を引いての『婿取り』であった、という話を初姫はちゃんと見抜いていた―、というコトなのであるが。
 ― なかなか、どうして・・・。やはりこの藩で一番の好敵手―、と言っても良かろう存在は、貴女であったものを・・・。
 密かな治基の思いを、おそらく初姫は知っていたのではなかろうか。
 ― ま、後は野となれ山となれ・・・、じゃ。下手すれば一生このままである可能性もあるかもしれぬが・・・。
・・・紗依、その時には、望月藩はそちに任せた。我が妹とでも頼む事とする―。
「え、そんな事言われても・・・っ!!」
 ― 何、そこにおるのがイヤとなれば、雇った用心棒達にでも頼れば良い。治基も、お主の幸せばかりは、何に代えても護るであろう―。
 わらわを信じよ、紗依。これでも、人を見る目は備わっておるのじゃぞ? ・・・食い意地が先立たぬ場合には・・・、な★
「―ご英断でありますな、初姫殿。」
 ― やかましいわ、このクサレ・ムッツリ・根暗忍者が!
  貴様にツッコまれるくらいなら、地雷踏んだ方がナンボもマシじゃわい!!
「吝嗇も、女の慎むべきトコロ・・・、と。我が主に教えを受けておりますが、姫君・・・?」
 フッ、と。まるで初姫にこちらが見えているかの如く。鼻先で笑う霞丸。沈黙する、初姫―。
 ― こっわ〜★★★
 黙々と、料理を食べる信正の速度が更にスピード・アップ。かいがいしく、お茶のお代わりを入れつつ、紗依もタメ息をついてしまう。
「まぁ、何ですな・・・。初姫様におかれましても、とりあえずは・・・。お体にも気をつけていただきまして★」
 ― うむ・・・。確かに、この体―。ナマっておる気がし
たので、最近は早朝マラソンにもいそしんでおるぞ。
  そういう訳で紗依、今ならもれなく体重が・・・
「ストップっ! 後で聞くっ! それ、オフレコっっっ!!」
 ― そうか? ま、気長〜に構えておいてくれればありがたい。万一このままでも、いずれ嫁に出る身―。
 そちらに嫁入りしたとでも思って達者に暮らしてもらえれば良いのだがの・・・★
「だから、それ、まだ早すぎるから・・・★★★」
 ― そうだな。こちらの世界では、嫁入りは二十歳前後が良いらしい。その辺を心得て、後は頼んだぞ、治基。
「は。かしこまりました―。」
 ― ではな、紗依。またな・・・@
 ゆっくりと空中を泳いでテーブルの上に着地すると。フッと、光が消え、沈黙するペンダント。残された面々は、何だか必要以上に疲れた気分になりながら、顔を見合わせる。
「また・・・、が、あるのか・・・★」
 いっその事、叩き割ってしまいたい、とでも言いかねない目線に、慌ててペンダントを手に取る紗依。
「ダ、ダメですよ!」
「ん?」
 必死の顔に、おもわずクスッ、と笑みを浮かべて。治基は告げる。
「大丈夫―、貴女の大切なものを傷つけるような事はせぬ。第一―、それが無ければ・・・。」
「? 無ければ?」
「こうして、私が貴女と出会う事も決して無かった―、そうであろう? いわば、そのペンダントは、この藩に末永く伝えるべき家宝にもなろうもの・・・。」
「治基さん・・・。」
 ― ・・・出来れば、その重要性を押して、蔵に永久に封印してしまいたいものだが・・・★
「―奇しくも、この世界に残る以外の選択肢は残されなかったが・・・、何。案ずる事は無い・・・。」
 主の黒い腹の内は、重々承知の風情で・・・、忠実な忍びはにこやかに告げる。
「我が主も、この俺も―、変わらず貴女の下僕となりて、その支えとして共にありたい―、その心に偽りは無い―。
・・・ですよね、治基様?」
「無論だ。」
「治基さん・・・、霞丸さん・・・、信正、さん・・・。」
 料理が口に入ったまま、慌てて挙手する大男に、おもわず噴出してしまいそうになりつつ。紗依は、かなり和らいだ表情にて、目をつむった。
 ― そうね・・・、ここなら、待っていられるかも。万が一・・・、その時は、その時だって、思えるかも・・・。
「・・・宜しくお願いします。」
「! 紗依殿・・・!!」
「治基様。」
 柄にも無く、感極まって抱擁しそうな勢いで立ち上がった主に、さりげなくイエロー・カードを出す忍び。
「ご逗留いただけて、良かったですね・・・?」
「―うむ。」
「では、部屋の方も永の語逗留用に、新たにご用意せねばなりませぬな?」
「・・・言うまでも無い。」
「御意―、では、早速・・・、沙依。」
「はい@」
「我々では、女人に必要な品物等に不案内な点も多いゆえ―また部下のくノ一にでも相談に乗らせる事とする。
 勿論、不具合のある時以外にも、気軽に俺を呼んでくれて構わぬからな・・・。」
「ありがとうございます、霞丸さん@」
「何・・・、紗依の役に立てるならば、何よりだ―。ああ、後片付けは部下に任せておきます。どうぞ、お二方はごゆるりと・・・。日頃の疲れを癒して下さい@ では・・・。」
「おやすみなさい、治基さん、信正さん@」
「・・・・・・・・・。」
 もはや、言葉も出ないまま。黙々と食う弟の隣で、にこやかな笑顔と共に見送る治基―。
 ― ・・・・・・まぁ、先は、まだ永い・・・し、な。
 楽しみは、先に取り置きしておくものだ、などと自己暗示をかけつつ―。改めて、冷えて尚温かく感じる手料理を堪能する事に専念する。
 ―こうして。新たなる門出を迎えた北浜城及びその城主は、静かなる夜の内に眠りについたのであった―。


  追記・ 『紗依』のこの地逗留の知らせは、望月藩にかなりの衝撃をを与えると共に、確実にプラス方向での変革エネルギーを呼んだ。
慎ましく賢い姫君と化した『望月のジャジャ馬姫』―。その人柄に惹かれた多くの人材が望月藩の再興に力を貸した。
その結果―、望月藩は観光を主流として見事、復活―。その時代には珍しい、一種のテーマパークとも取れる様々な趣向を凝らしていたらしい事が文献で見て取れる。 
後世にも『望月藩の変わり姫様』という題名で、末永く伝えられるようになった―、というのは余談である・・・。





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