(あなざぁ用心棒・番外編)
  〜運命のフロイデ〜永遠の『北浜温泉物語』〜

      


 ― 運命とは―、複雑に絡まり合う永く果ての無い糸のようなものだという―。人によってはそれを『複雑怪奇』と称する者も数多いる・・・・・・。


「ったくよぉ〜・・・。何でこう、いつまで経っても金は儲からないし、カノジョも出来ないんだろうなぁ・・・。
 あ〜あ、ほんっと、やってらんねーっっっ!!」

「『何で』、だってさ。」

「『何で』、だろうな・・・・・・?」

 夏も盛りの晴れ空は、今日も太陽の光ばかりが景気良く、燦々と輝いている。街道を、男三人連れ立って歩く一行のふところは、実に景気が悪い。

 ―いや、むしろ『スカンピン』とはこの事だと真顔で言い切れるくらいに、清々しく風が通り抜けていく感じだ。

 そういう意味では、実に冷却効果抜群。今夜の食事にも事欠く実情をビジュアル的にもよくよく表している。この暑い最中に、実に涼し気というか寒さに耐えかねる雰囲気がヒシヒシ・・・。

 その何とも無意味に鬼気迫る無言のオーラの放出が、知らず街道を行く人々の足取りを当社比一・五倍程度に速めているようだ。が。当人達にはそれに気付く余裕すら無い様で。

「いや、儲かる儲からねぇ以前にさ、何で、ここまで金が無いんだろうな???」

「・・・また、『何で』、だって・・・・・・。」

「ああ―、『何で』だろう、な・・・・・・。」

 ―ビジュアルと言えば。この三人、そういう意味ではなかなかイケてる。こうして飯抜き生活にウツロな表情を浮かべながらも、三人並べばいわゆる『イケメン』ユニットと称しても何ら問題無い。

 最初の台詞を発したのは、燃えるような赤い髪に緑の瞳を持つ青年。名を村雨心ノ介―、質実剛健・直情熱血型を代名詞とするようなサムライ志望の用心棒で、通称『心』と呼ばれている。

 その台詞を冷静とも冷徹とも聞こえる氷点下じみた声音にて受け、非常に含みのあるような合の手を入れまくっているのは、三人の中で飛びぬけて若い少年。若草色の髪に琥珀色の瞳を持ち、半ズボンにマント、というそこはかとなく趣味に走った服装をしている。名は不知火用三郎―、通称『用』。その容姿に騙され痛い目を見た者は数知れず―、それもすべては自業自得とバッサリ切られるという。

 そして。その二人の傍らで。一人飄々と観客なのか相方なのかの判別に今イチ悩む感じで存在するのが。長い黒髪に栗色の瞳、着流しの着物に長いマントを身につけた青年。名を椿木泰乃丞―、通称『棒』と呼ばれ、武家出身の浪人という素性も手伝ってか『武士は食わねど高楊枝』を現在強制執行中―。もとよりクールな性質ゆえ、他の二人ほどでは無いものの・・・。栄養不行き届きのあおりからか、第三者ツッコミの台詞にも、今いち冴えが見られない。

「っつーか、とりあえず、飯っ! ここんトコ、ろくに食ってねぇからよぉ〜、もぉ、俺、何かこのまま・・・」

「このまま?」

「こ〜、なんつ〜か、前のめりにのめって・・・」

「ちょっ・・・! 心っ! タンマ!! 僕まで巻き込んで倒れ・・・っっっ!!」

 力尽きて―、という割には実に力強く。大の字になってバタンキュー★ 倒れる際に伸びきってしまった手足の先に、タイミング良くはためいていた用のマントがひっかかり、ものはついでとこちらもよろめき尻餅をつく。

「くそぉ〜、腹へったぁ〜〜〜〜〜・・・・・・」

「うわ〜、最・悪★ かっこ悪い〜、けど、僕ももうダメ、お腹すいたぁ〜★★★」

 はぁぁぁぁ、と。重なるタメ息はきっちり三色。まだ倒れるまでには至ってない棒が、軽くこめかみを揉みながら、地面と仲良くなっている二人にチラリと視線を走らせる。

「用はともかく・・・、心。街道の真ん中で、行き倒れるは武士の恥―。せめて、脇に寄って公共の迷惑にならぬように・・・」

 ―と、そこへ。久しく現れなかった人影が、一行の方へと近付いてくる。その気配に気付き、そちらに目を移した棒の言葉が、途中で途切れた。

「? 棒・・・?」

 不可思議そうに半分身を捻り、同じく、そちらを見やる用三郎。その上に、人並み外れた巨大な影が覆い被さるように現れる。同じく、その隣にへたった心ノ介の上には長身痩躯の影が刃のように重なった。

「生き仏になる算段か? ならば拙者が経を唱え、成仏の手助けをして進ぜよう。」

「経を唱えてやるには、半生の様子だな。どうだ? 何なら拙者も手を貸してやるか? なぁに、知らぬ仲でもあるまい。今までのツケも加えてサービスしておいてやるぞ?
 なぁ・・・、村雨心ノ介。」

「っっっ!! モンモンっ!!」

「なっ・・・! てめっ、辰波一刀斎・・・!!」

 チン、と。抜刀音に反応し。間髪入れずに起き上がり、愛刀を手に一歩退き構える心ノ介―。その身のこなしには、今の今まで漂っていた倦怠感(というか、真っ向からの空腹オーラ)は見られず。その表情は、飢えた狼にも似た鋭さを帯びていた。

 それを見て、やれやれ、と。軽く肩をすくめ一歩前に出る棒。殺気立つ心の肩をポンポン、と叩き、抜刀と同時に刀を鞘に納め、素知らぬ顔で眼鏡を押し上げ薄笑いを浮かべている新参者を、顎先で示す。

「久しいな、一刀斎―、モンモン。何だ、お主達―、同道しているのか?」

「ぬはははははっ! よ〜ぉ、久し振りだな〜、お主達! 達者でやっておるようで何より・何より・・・!!」

「!?!?!?!?!!?????」

 豪快に笑う銀髪に飴色の瞳を持つ見覚えのある破戒僧の姿と、これも見覚えのありすぎる金髪金目の異様な出で立ちの同業者の姿に、今いち現状把握が出来ていない様子のまま。

 とりあえず、殺気が皆無な事を確かめてから、心は刀を鞘に納めた。

 破壊僧の名は門倉紋山―、自称及び他人への強制的愛称を『モンモン』と言う。かつては敵方、かれこれ三年も経つある事件では仲間として戦った、主に白兵戦や雑識では役に立つ、それなりに役立つ人材である。

 もう一人―、片身を脱いだボア付きの長いコートに、裸身の部分には何故か皮ベルトを巻きつけた奇異な風体の男―。その身に帯びた異様に長い朱鞘の刀による抜刀術で、心ノ介と一度相対し敗れ、同じくある事件にて一応『仲間』として共に関わった『狂気のサムライ』辰波一刀斎―。

「ヤらぬのか?」

「ちっ・・・! てめぇだって、サッサと刀納めてんじゃねぇか。俺だって好きで斬り合いしてる訳じゃねぇんだ、やらなくて済むなら、誰がヤるかっ。」

「フッ・・・、相変わらず、甘いな・・・・・・。」

「んだと、このドS野郎っ!」

「拙者の流派は一刀流―、鞘に納めたからといって、その刃の威力には何ら遜色無い。むしろ、この状態からの抜刀術こそが、敵対する者の脅威となる・・・、試してみるか?」

「くっっっ・・・!!!」

 せせら笑うような言葉節に唇を噛み、再び構えを取りかけた心ノ介に。おっと、と。思い出したように一刀斎。

「その前に」

「何だっっっ! こちとら腹が減ってぶっ倒れてたトコなんだっ! 話あるなら、とっととしろ! そうでないと・・・、なけなしの気力がもたねぇだとぉがよっっっ!!!」

「じ、心・・・★ 言ってる台詞、かなり情けないよ★★★」

 空腹を隠そうともせず。支離滅裂な調子で喚く心ノ介に。否定はしないけど、と。力無いツッコミを送る用三郎。それに答えようと振り返りかけた心ノ介の腹が、
ぐきゅるるる〜★

「・・・盛大だ、な・・・・・・★」

「う、うっせーや! これはな、ちょっと力が入りすぎちまって・・・っつ〜か、おい! 絶対、俺一人じゃねぇだろ!用、棒、お前ら、ドサクサに紛れて・・・っっっ!!」

「え〜、どっかなぁ〜〜〜? 僕もう限界すぎて、よく分からないや〜・・・★」

「うむ、まぁ、前に出ている者の効果音が優先される、というのは音響効果の法則にも・・・」

「だーーーーーっっっ! 訳ワカンネェし、それっっっ!」

「貴様のトリにも劣る頭には、この方が分かり易かろう、ほれ。」

「んがっ! 何だよ一刀斎、さっきから・・・っつ〜か、元々お前が・・・っっっ! ・・・って、これ!?」

 いきなり顔面に押っつけられた風呂敷包みに押しつぶされそうになり、イナバウアー。反動で何とか押し返しつつ、それを手に非難轟々喚き倒そうとした心ノ介の目に。

 少し小さめの同じ包みを受け取って、今まさに、その中身を手に取りかたじけない、と礼を述べていた棒の姿と、既に包みの中身の握り飯を頬張っている用の姿がインプリント。

―飯―!!!

次の瞬間―、心ノ介もまた、3日ぶりの『まともな飯』の人、と化したのであった―。






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