「・・・それで、お主達―、一体・・・?」

 ようやく人心地がつき、紋山の携帯竹筒から白湯をもらいつつ、一服。偶然にしてはすこぶるタイムリーすぎる旧知の者の出現に、やっと疑問の言葉を棒は発した。

「そうそう。いっくら何でもさ、偶然すぎない? 僕らの窮地に颯爽と現れて、3日間の断食修行に間に合うくらいのおにぎり炊き出ししてくれるなんてさぁ?
 しかも、モンモンと一刀斎なんて・・・、絶対、怪しい。」

「ふん・・・、これだからガキは―。」

「ガキって言うな! 特に一刀斎っ!! 冗談抜きで・・・殺すよ?」

「出来るモンならな。・・・ここ、弁当ついてるぞ。」

「っっっ! ちょ、ちょっと油断しただけだよっ!!」

 ちょんちょん、と。口の端を指先でつつかれ。毒気を抜かれて赤面―、慌てて米粒を口に押し込む用三郎。

「まぁまぁ・・・、お主らの疑問も、もっともだとは思うがな。一刀斎と拙僧が出くわしたのは、ここからほんのニ・三里ほど手前の場所だった事だし・・・。」

「何だ、お前らコンビ復活したって訳じゃないんだ?」

「・・・コンビ?」

 イヤそうに眉を顰める一刀斎に反して、ヤケに嬉しそうに笑うモンモン。

「おお〜! 懐かしいのうっ! あれだな、『成仏エクスプレス』っっっ!!」

 ― 殺気。抜き放たれた長刀の背が、坊主の頭のテッペンに、叩き込まれる。ツツーッ、と。何気に流れる赤い物・・・。

「・・・殺すぞ?」

「いや―、何ていうか、殺すよりムゴイ・・・★」

「あ〜、なまじっか丈夫だしな〜、こいつ。」

「流石は一刀流免許皆伝―、見事、白目を剥いてるな―。」

「あ、コブ・コブ・タンコブ出てるよ〜。心の峰打ちと、どっちのダメージがでかいかな?」

「俺? え〜、だって俺、こいつ気絶させた事ねぇじゃん?」「打ち所というか、狙いドコロの問題だろう。貴様のナマクラで同じ部位を狙えば、こんなものでは済まされんぞ、おそらく―。」

「ああ、そうかもしれんな。むしろ、そちらの方が浄土近くまで直行便になりかねんかもしれぬ・・・。」

「あ、でもさ。モンモン『成仏エクスプレス』なんだろ?
だったら、そっちの方がネタ的にも・・・」

「そっか? じゃ、試しに・・・・・・」

「おわわわわっ! ちょいっ! ちょいブレイクっっっ!

 車掌さん、特急券買うお金ありませんからっ! 鈍行でお願いしまっすっっっ!!」

 剣呑な気配―。野生の勘か、白目が黒目に戻った瞬間―、紋山の視界に、愛刀を振りかざした心ノ介の煽りが―。慌てて片手を前に突き出し、お尻歩きで後退しつつ叫ぶ破戒僧。

 ドッと笑う一同にホウッ、と吐息。

「まったく・・・。おちおち死んでも、いられんのう★」

「まったくだ。」

「一刀斎が言うと、妙に実感が沸いて聞こえるな〜。」

「貴様が拙者を生殺しなぞするからだろうが。」

「ああ〜、そ〜だっけ・そ〜だっけ。ま、おかげで今日はタダ飯食えたってコトだし?」

「因果応報―、九死に一生を得たのも、何かの縁だのう。」

「『何か』、か・・・・・・。」

 少し思案気に遠くへ目をやり、呟く泰乃丞。

「もう、三年にもなるな・・・・・・。」

 爽やかな風が、一行の間を吹き抜ける。その心の中に思い起こされるのは、あの夏の日―。一人の姫君と共に走り抜けた、あの逃避行・・・。

「そうそう・・・、気付いておったか? ここは、あの望月藩所領のすぐ近くなんじゃぞ?」

「え? そうだったのか!?」

「あ、そうだっけ。そっか、そうなんだ・・・。」

 あの頃よりは少し大人びた少年が、うんうん、とうなずく。

「じゃ、ひょっとしてモンモンと一刀斎って・・・?」

「ふん・・・、拙者は、まるっきりの偶然だ。こいつに出くわさねば、思い出しもしなかった―。」

「だが、忘れてもいなかったようだな。いずれにせよ―、お互い無事に再会出来た。何よりの事だ。」

 ふん、と。相変わらずの泰乃丞の言葉節に、やりにくそうな表情でそっぽを向く一刀斎。

「元気かなぁ、宗重さん。それに・・・」

 ―もう二人。望月藩の姫君と・・・・・・。

「お姉ちゃん、達・・・・・・。」

「どちらも息災にあらせられます。」

「っっっっっ!!!!!!!!!!」

 突然の、聞き覚えのある声。ザザッ、と。取り囲む人影―。

「久しいですな! 心殿、棒殿、用殿、一刀斎殿にモンモン!」

「むむむ、宗重さんっっっ!!」

「・・・に、何で風魔霞丸・・・・・・っっっ!!」

 一体、どんな運命のいたずらか―。噂をしていた張本人が颯爽と馬に乗って参上―。更に、何故か当然のようにその傍らに現れたのはかつての敵、風魔霞丸であった。

「いやぁ、この風魔の忍びが、皆さんのご到来を知らせてくれましてな! こうしてお迎えに上がった次第―。」

「ふ、風魔の忍びって・・・!!」

 反射的に身構えようとした目の前に、冷えた麦茶を差し出され、ちゃっかりそれで喉を潤してから素っ頓狂に用が叫ぶ。

「ふ・・・、チリジリになっていたのだがな―、バイトしながら全国を転々としている間に、生き残った者が徐々にまた、この望月藩に集結し、藩直属の忍びに認定されたのだ。」

「そういう意味では、既に風魔にして風魔にあらず―、望月の忍び、というトコロか・・・。」

「ふむ―、なるほど。なかなか云い得て妙だな。」

「何にせよ―、これで俺も、少しは肩の荷が下りた。」

 長い銀色の髪を持つ、片目義眼の忍びは。いつに無く穏やかな表情を隠そうともせず、かつての敵である棒と一刀斎の呟きに嬉しそうに応じた。

「それに・・・・・・。」

「ん?」

「ああ、いや・・・、望月藩も大分変わった。お前達もタイミング良く現れた事だし・・・、これで、筑波殿も面目が立つ。」

「いや、かたじけない。折角、霞丸殿に召集していただいたというのに・・・。いや、忍びの皆々も、各々持ち場へ戻ってくだされ。もう日も無い事ですしな!」

 そうこうしている間にも、冷たい麦茶サービスに余念の無かった風魔の抜け忍―、長じて望月藩お庭番衆は宗重の一言に軽く一礼―。あっという間に姿を消す。

「うっわ、すっげ〜★」

「よ〜くしつけてあるじゃん、霞丸。」

「ふっ・・・、俺がしつけた訳じゃない。治基様が、怠惰な者や無能な者がお嫌いだったのでな。自然、そうなったまでの事・・・・・・。」

「大野治基、か・・・・・・。」

 ―三年前の事件の首謀者。初姫暗殺の立役者にして、天守閣と共に散って行った『早すぎた男』―。

 決して、真の意味での『悪人』では無く、『道を誤った者』だったのだと。己れの命を脅かされた姫の口より呟かれた言葉は、関わった者の中に残っている。

 ―ましてや、それを主としていた風魔霞丸の中では、より一層強いものがあったに違いない―。

「あれから、三年―。いや、よくぞ一同参られた。ここで会わねば―、この宗重、皆様を探し出すまで国に帰れぬ身の上でありましたゆえ、喜びもひとしお・・・!!」

「はぁ?????」

「って、宗重さん。何かまた、姫さんのご不興でも買ってしまったのぉ!?」

「またって・・・! ひどい、用ちゃんっ! それでは拙者が、いつも姫の叱責を受けているようでは無いですか!」

「うむ・・・、しかしまた、それがなかなか違和感を感じられぬような・・・★」

「あ〜、それは何となく分かるな。」

「それって、やっぱアレか一刀斎? 趣味が似てるからか?」

「ふ・・・、どうだかな―。」

「まっ! 怪しいっっっ!!」

「モンモンっ! 望月領内では、カマ言葉禁止っっっ!!」

 これには大きくうなずき賛同する、紋山除く面々。ポリポリと頬をかき、破戒僧は苦笑いひとつ。

「まぁ、それはともかく―、一体どのような理由で、国外追放など・・・?」

「まぁそれも、とりあえず城にでも出向いていただければ・・・。初姫様も、塙殿も、大喜びでございます!!
 何せ今年は、あの北浜城の出来事より、早三年―。その記念行事を年中行事として執り行う準備がやっと整った初めての年でもありますしな!!」

「・・・・・・は?」

「とにかく、どうぞ! 復活したニュー北浜城へっっっ!! 勿論、温泉&お食事も、バッチオッケーでございますゆえ」

「・・・バッチ・オッケー・・・・・・。」

「それ、ひょっとして、死語・・・・・・???」

「うぬぬぬぬっっっ!!?」

 相変わらずの『親父ギャグ』的ノリには、ちょっとしたプライドがあるらしい宗重に、そっと耳打ちする霞丸。よし、と。一念発起の様子で、望月藩随一の忠臣は叫んだ。

「そんなの関係ねぇっっっ!!! ―でござるっ!」
 馬上で独特のリズムに乗って新ネタ披露している武士道の求道者の姿に、一同、タメ息―。

「・・・・・・霞丸?」

「何だ。」

「流行語大賞、ネタ教える人選、完っ璧っ間違えてない?」

「いや―、ケツの『アレ』で、最新効果相殺してるし?」

「っつーか、あの後続けたら、殺意の衝動が抑えきれぬ気がする・・・・・・。」

「落ち着け、一刀斎・・・★ 抜けば斬らずにはおられまい」

「っつ〜か、もしも〜し? 棒? 鍔鳴りしてますけど〜?」

「筑波宗重暗殺するには刃物は要らぬな・・・。」

 何やら怪しい呟きと共に、フッ、と。馬の背後に立つと、

「筑波殿、お先に御帰城の上、お先ぶれを!」

 そう言うや、その尻をパン! とはたく霞丸。馬は心得たようにダーッ、と疾走。あれよあれよという間に点となり、何とか著作権・放送権侵害の危機は回避された模様―。

「ふむ―、流石は望月藩御用達―、馬の方が賢い。」

「や、それ、何か違うし・・・★★★」

 何だか世の中まで心無しか黄昏て来た感じとなり、一同は空を仰ぎ見る。暑い夏のはずなのに、何だか重苦しい寒さを感じるのは、久々の宗重効果のおかげだろう―。

「さぁて―、北浜城まで、のんびり行くか。おっつけ、部下が馬を走らせて迎えに来るだろう。」

 勝手知ったる風情で歩き始めた霞丸の後に連なりながら、一行はゾロゾロと、懐かしの望月藩へと向かうのであった。







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